仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

昭和の通知票

月曜の総会で正式に承認されたので、晴れて理事の仕事に就くことになったさっこさんですこんにちは。今日はその初仕事でした。これからあちこちへ出かけることになるので、ナビがないとやってられないんだぜ。名刺も仕事で使うことになったので、名刺入れもネットでポチッとしました。その名刺をいただけるのは来月になってからなので、今日は名刺なくてすみません状態でしたが。

さて、先日押入れの整理をしていたら、なんと自分の小学校中学校時代の通知票が出てきました。検定の合格証明書の中に紛れ込んでいたんですな。まさか40年ほどの時を経て日の目を見ることになるとは。物持ちが良すぎるとはこのことである。というわけで通知票の一部を公開しちゃったりしましょうか。

まずは小学校の通知票。昭和48年度、私が小2のときのです。

びっくりするのは小2なのに家庭科の項目があって斜線で消してるところ。ということは1年から6年まで同じ通知票を使っていたんだろうか…。なんてアバウトな。マジありえないよ。

「行動および性格の記録」というのもあって、友達とうまく付き合えてないという判定。子供の頃からコミュ障発揮しすぎてるわ。

まだ半ドン時代なので出席日数が今より多いですね。余談だけど私が通った小学校は運動会も学習発表会も平日に行ってたので、行事による振替休日というものが存在しませんでした。

通知票のみかた、というページもあって、こんなことが書かれてます。

「各教科の各項目について、個別にその努力のようすを評価しています。」「以前の5・4・3・2・1というつけ方とは関係ないわけです。」と書いているので、小学校の5段階評価がなくなったばかりの頃なのか?と推測できます。しかし努力のようす、というのも曖昧な基準だよなあ。教師のさじ加減でどうにでもなりそう。

続いて中学校。昭和53年度、私が中1のときです。

10組になってますが、確か14組まであったはず。私より1学年下は丙午生まれだったんだけど、その学年だけ12組か11組しかなかったはず。

評定のほうは今の中学校と比較するとすっごく項目が少ない。そして授業態度などの評価項目が今だと独立してあるけど、この頃はそういうのはないですね…。「関心・態度」という評価項目がある学科もあるけど。ちなみに2年のときの通知票もあったんだけど、項目は全く同じ。小学校と同じく評価がアバウトだわ…。

とまあ昭和の通知票をご紹介したわけですが、この頃は子供が学校でもらって親に渡してたと思います。今は個人懇談(三者面談)で渡されるので、通知票を隠すという芸当ができないのであった。今のお子さんにはどんまいと言っておこう。