仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

親であり続けること

昨日から久しぶりに晴れ間が見えるようになったけど、週末はまた雨が降るらしい。週末だけは晴れてほしいのにとうんざりしてるさっこさんですこんにちは。それにしてもどうなってるのさこの天候。リアルデイ・アフター・トゥモローは嫌だよ。

さて、ちょいちょいドラマを見る私ですが、コウノドリも見ております。と言っても録画ですけどね。この時間帯は金ローと重なるのでなかなか他の番組は見られなくて…。というわけで今週になってようやく第2話を見ました。

今回の話は妊娠がわかると同時に子宮頸がんであることを告げられ、子供を産むか諦めるかという選択を迫られる…という内容でしたが、子宮頸がんでなくても子供に関わることで選択を迫られることは子育てをしていれば何度か経験するものです。

私の場合、最初の選択は次男を妊娠したときでした。妊娠がわかると同時に切迫流産なので即入院するようにと言われたのですが、当時1歳になるかならないかの長男の面倒を見てくれる人を確保する手段がなくて、自宅安静にしてもらった、というものです。つまり、お腹にいる次男より長男を優先したということになります。

幸い運良く妊娠を継続できて出産までこぎつけましたが、もし次男の命が失われていたら…。罪悪感と後悔で押しつぶされそうになってたかもしれません。それも覚悟の上での選択だとしても。失われた命は二度と戻ってこないし、代わりなどいないのだから。

それほどのことでなくても選択というのは日々あって、本当にこれで良かったのだろうかと何年経っても思い出しては悶々とすることが多々あります。今更思い悩んでも時間は巻き戻らないしどうしようもないんだけど、思い悩まずにはいられないのが親という生き物なのかも。

それでも息子達はそんな私に「仕方ないよ」と言ってくれるし感謝もしてくれる。私には出来すぎた息子達です。そんな息子達に甘えて親をさせていただいている。感覚的にはそんな感じです。親だからと偉そうにすることなんて到底できません。それでも親であることをやめることはできない。仮に子供達と別れることになっても。

親であることをやめられない、親であり続けなければならない、というのが親にとって最大の試練なのかもしれませんね。