仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

私と祖父母

明日は台風の影響で風雨が強くなるとのことなので、出来る限り今日のうちに出かける用事を済ませたさっこさんですこんにちは。できたらあんまりひどくはならないで欲しいんだけど…。さてはてどうなることやら。

さて、今週のお題は「私のおじいちゃん、おばあちゃん」とのことですが、以前母方の祖母の話は書いたと思います。


上記エントリーに書いてるように、母方の祖父は私が生まれる遥か彼方前に亡くなってます。病死と書きましたが、実際のところは戦地で負った怪我が元々の原因です。

父方の祖父母ですが、祖父とは幼い頃に帰省したときに会った思い出があるだけで、実のところその人柄などはあまり記憶に残ってません。大人になってからは電話で声を聞くことはあっても、会うことはついになかったんですよね。そんな大正元年生まれの祖父は私が小学生になるかならないかの頃に自宅前の道路を横断中に事故に遭って大手術をし、それから片足が思うように動かなくなりました。農作業では近くに住む実弟に助けられていたようです。その祖父も平成5年に息を引き取りました。周囲の話では、晩年は自宅前に椅子を置いて座り、通りかかるご近所さんとの会話を楽しみにしてたようです。

そして父方の祖母。私が唯一生活を共にしたことがある人です。大正4年生まれの祖母はとても社交的で付き合いには金に糸目をつけない人でした。その金遣いが実母と揉めた原因のひとつでもあるんですが。また働き者で晩年も体が動くうちは花や野菜を作り、自分で作った黒豆で黒豆茶を作って「健康にいいから」と飲んでました。

ひ孫が生まれてからはそれはもう可愛がってくれました。特に人懐っこくて「ばあちゃん、ばあちゃん」と寄ってくる次男はことのほか可愛がっていて、よくすぐ近くにあるお店に連れて行ってました。といっても年老いた祖母が次男の手を引いて連れて行くのは無理なので、手押し車に次男を乗せて連れて行くのが常でした。

ある雨上がりの日、いつものように次男連れて店まで行ってしばらくすると店のおばさんから電話がかかってきました。祖母が店先で転んで動けないとのこと。転んで手をついたときに手首を骨折してしまったのです。三男妊娠中のことでした。

それからちょいちょい入退院を繰り返してたんですが、ある日トイレへ行こうとして転んで動けなくなってしまいました。急いで夫に連絡を取ってかかりつけの整形外科へ連れて行くと脱臼と足の骨折を告げられました。そして「これはもう自宅で面倒を見るのは無理ですよ」と。しかしすぐにどうこうできるわけじゃないので、数ヶ月ほどほぼ寝たきりの祖母の介護と育児の両立を余儀なくされました。

心身ともにへとへとになって正直祖母に殺意が湧いたこともありますが、なんとか介護病棟に入れるようになったのが長男が小学校に入学する直前。長男の入学式が終わった後、息子達を連れて祖母と面会したのを思い出します。祖母は大層喜んでくれましたが、リハビリは一度骨折して怖くなったのかあまり積極的ではなく、ついに全く歩けなくなってしまいました。

それからは次第に認知症の症状が現れるようになり、最初のうちは息子達ともおしゃべりしてたのに、次第に何もしゃべらなくなってしまいました。おしゃべりが好きで息子達の話もよく聞いていた祖母だったのに。そのうち次男が「どうしておばあちゃんはしゃべらなくなったの?」と尋ねるようになり、息子達を連れて行くのが憂鬱になってしまって私ひとりで面会へ行くことが増えました。

そして長男の中学校入学を控えた冬のこと。病院から危篤だと連絡が入って急行しましたが、到着したときはすでに息を引き取ってました。こうして私の祖父母は全員鬼籍に入ることとなってしまいました。

あれから9年。実母もこの世の人でなくなりました。祖母と仲が良かったご近所のおばあちゃん達も次々亡くなりました。でも長男と次男は祖母のことをよく覚えていて、今でも時々彼女の話をします。こうしてひ孫の記憶に残してあげることができたのが、おばあちゃん孝行だったのかなあと思うさっこさんなのでした。