仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

「幸せにする」というプロポーズの言葉

お昼ご飯を食べてからがっつり寝てたさっこさんですこんにちは。もう全然睡魔に勝てない…。明日は所用で県庁所在地まで行く用事があるんだけど、運転大丈夫だろうな私。

さて、今朝方Mastodonのあるインスタンスのローカルタイムラインで、告ったという話題があがりまして。告って付き合った先にあるのはプロポーズ。というわけで強引だけど今日はプロポーズの言葉の話です。

そのプロポーズの言葉についてググってみたら、ゼクシィがこんなアンケートをしてました。

2009年とちょっと古い話になるけど、はー、なんか面白いですね。というか、結構「幸せ」というキーワードが使われてるんだなあって思った。「起こしてください」「定年まで弁当作れ(意訳)」は論外だけど、私の中では。

でまあ「幸せにする」というのは私にはあまり響かないフレーズでして。だって幸せの定義なんて人ぞれぞれ。あなたの幸せと私の幸せの形は違うのです。それなのに「幸せにする」って何様?って思ってしまう。仮に幸せの形が似ていたとしても、それはそれで少し困る。幸せの形が同じということは夫婦の価値観が似ている可能性が高く、それだと一緒に過ごしていても正直面白くないんですよね。新鮮味に欠けてしまったら長い歳月を一緒に過ごすって難しいと考えてるので、自分のコピーみたいな人と生活したら長くても3年、短ければ3日で結婚生活に飽きてしまいそうです。たとえ相手に非の打ち所がなかったとしても。

じゃあお前は何を言われたのかって話ですが、特別プロポーズの言葉なんて言われたことも言ったこともないです。ただ、婚約したときに夫から「よろしくお願いします」と言われたのだけは覚えてます。そう、これから一緒に生活する相手なんだから挨拶は必要よね。こういう他人行儀さはむしろ私には好印象なのでございます。だって本当に他人なんだから。親兄弟でも全てを把握したりされてるわけじゃないんだから。そこら辺きちんとわかってる人は安心できます。もう結婚するんだからツーカーの仲だよね!と言わんばかりに距離を詰めすぎる人は怖いです、ストーカーみたいで。ちなみに付き合ってるときに私の機嫌を取ろうとする人も苦手。念入りに観察されてるようで息が詰まる。

なんかちょっとプロポーズの話とはずれてしまった。どちらにしろ「幸せにする」という言葉は一方的な言葉だし、自分を「守らなければならない弱い人」と思ってるんじゃないか?と疑念を抱いてしまいます。そもそも幸せにするってことは今の私は不幸せなんかーい!という突っ込んでしまいそう。「幸せを分かち合おう」ならわからなくもないですけどね。