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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

自分自身のエントリーに言及してみる(おおかみこどもの雨と雪)

昨夜、なんとなくニコ動で仮面ライダー電王関連の動画を見ていたさっこさんですこんにちは。もうあれから10年になるのねぇ。あの頃が一番ニコ動を利用してた頃で、本当に毎日飽きずにアクセスしてたわ。今じゃそんなに見ることもなくなったけど。そもそも動画自体そんなに見なくなったんですよね。すっかりテレビっ子になっちゃってるわ。

さて、ブログを長年書いていらっしゃる方にお尋ねしますが、自分の過去エントリーって読んでますか?私は時々読んでます。まあそのためにブログを書いてるんですけど。そういう意味で日記と同じなんですよね私にとってのブログって。というわけで今回は自分の過去エントリーに言及してみようと思います。チョイスしたのは「おおかみこどもの雨と雪」の感想を書いたエントリーです。ちょうど昨日テレビで放送されたためか、最近読まれてるエントリーに入ってきたのが選んだ理由です。書いたのは2013年12月21日。初めてテレビで放送された翌日に書いてます。あれからもう3年以上経つのか。三男がちらっと出てきてるけど中1って書いてて遠い昔の話みたいです。

なんか今読むとめちゃくちゃ酷評してるなって感じですが、当時の私はそう感じたんだから仕方ない。どんな作品でも触れるタイミングで感想が大きく変わるのは仕方ないことです。今回、私は放送を見てないんですが、見た当時の記憶を掘り返してみると「あまりにも視点が雪に寄り過ぎてるな」というのを感じます。

雪視点だから雨の心情はほとんどわからない。どうしてそこに当時の私は気づかなかったのか。まあそれだけ雪に感情移入しすぎてたんでしょう。ナレーションも雪なわけだしそうなるのは仕方ない気もしますが、自分自身が一見優しいけど何も自分の願いを聞き入れてくれない母親に育てられたのが原因なのかもしれません。やはりこういう生活に根付いた生々しいテーマを掲げた作品というのは見る者自身の本質を浮かび上がらせるところがあるようです。うっかり感想書いたら丸裸の自分を晒してしまうことになる。やだ見ないで!と言いながら裸で歩いてるような状況だよ。なんて恥ずかしいエントリー書いたんだろうw

で、あれから随分経って「雨の物語を見たい」と思うのです。彼がどんなことを思い、どうしてあの選択をしたのか。そこら辺あまり掘り下げられてないですからね。あの年頃だと仕方ないと思うのですが、雪も自分のことでいっぱいいっぱいで、雨にかまってあげる余裕がなかったように思われます。だから雨のことがあまりわからないんですよね、雪視点で描いてると。

そして両方の物語を見ることによって子供がどういう過程をたどって大人になっていくのかが浮き彫りになるのではと考えてます。子供にとって初めての自分自身による人生の選択を通して。でも雨視点の物語を描かなかったのは「それは自分で考えろ」ということなのかも。自分で選択した道にどんな人がいてどんな風に関わっていくのか。実のところ選択そのものより、そちらのほうが大事なんじゃないかな。雪の中学校入学で物語が終わってしまったのは、その先は雪の…雪に感情移入してる受け手自身が考えることだからなんでしょう。そこから本当の大人への道が始まるのです。さて、皆さんは本当に自分は大人へと成長したと思いますか?という問いかけなのかもしれませんね、この作品は。