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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

昔の記憶

今日は花粉飛散がピークだそうで、外に出るとくしゃみが止まらないし喉にも違和感が。風邪を引いてるわけでもないのにうがいしまくってるさっこさんですこんにちは。40歳をすぎる辺りから花粉に弱くなってしまってつらい。と言っても花粉の季節になるとゴーグルまがいのメガネをかけないと目を開けていられない人もいるので大したことがないっちゃないんだけどさ。次男も鼻炎がひどくなると言っても薬飲んどきゃマスク無しでも平気だしなあ。

さて、次男が春休みに突入し、三男も午前中授業が続いてるので息子達と話すことが増える季節にもなったわけですが。彼らと話していて思うのは、時代の捉え方というのが私と全く違うということです。昭和40年に生まれた私は昭和を10年刻みで認識してます。昭和40年代と昭和50年代は異なる時代、というわけです。ところが息子達は昭和は戦前戦中と戦後という2つの時代にしかわかれてないんですよね。ものすごく大雑把な捉え方になってる!それだけ昭和はもう彼らにとって遥か彼方昔になりつつあるのでしょう。これから生まれてくる子供達にとっては昭和は私から見た明治ぐらいの認識になるんだろうな。どええ。

そして大雑把な捉え方になってるから、当時の日常生活にまつわることも大雑把にしか認識されてないことに気づきました。どう見ても昭和20年代頃の風景だろう、という映像を見て「お母さん、この頃生まれてた?」と尋ねてきたり。生まれてるわけないだろおおおっ!と雄叫びをあげるわけですが、当時の日常生活を把握してないんだから仕方ない。

しかし私自身も自分が生まれた当時のことを把握できてるわけじゃないんですよね。法事の席で親世代、それよりもっと上の世代の人が語ってくれて初めて知ることがいまだにあります。そんな彼らの話を右から左へと若い頃は流してましたが、この年になって彼らの多くが鬼籍に入るようになり、自分が生まれた頃、それよりもっと昔の記憶が次々と失われることが怖くなってきました。そういうものは忘れ去られて当然なのかもしれません。でも当時の彼らがどんな風に過ごし、どうやって生きてきたのかを資料として残しておくのはすごく大事なことなんじゃないかなと思い始めてます。

こんなことを考え出したきっかけは、昨日NHKで放送された「1万5千枚の卒業画 小学生たちが見つめた100年」という番組の影響です。高岡市にある博労小学校は卒業生の絵を戦時中をを除いてほぼ残しているのですが、そこから当時の生活や子供達が興味を持ってたものが垣間見えるんですよね。そして自分で描いた絵なのに何故これを描いたのか思い出せない人が多いんです。やはり記憶というのは曖昧なものなんですね。だからこそ残しておく価値があるのではないかな、と。忘れていた過去を思い出すきっかけになるかもしれませんよ。

高岡市立 博労小学校 – たかおかしりつ ばくろうしょうがっこう

卒業生の絵

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