仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

いじめは「お互い様」があると許容される

今日は午後から研修があるとのことで小学校は午前中授業で終わり。ということですでに四男は帰ってきております。その四男の帰宅第一声が「疲れた~」だったので「午前中で学校終わりなのにどこが疲れてるねん」と思ったさっこさんですこんにちは。体育の授業はないしさ。尋ねてみたら「いや、ただ授業受けるのがめんどくさくて」とおっしゃいました。学校は何のために行くところだったっけ?5月病みたいなこと言うなよ…。

さて、午前中の用事を済ませてから読んだのがこちらのエントリー。

はっきり言ってからかったりハブるハブられるなんていうのは子供の世界では日常茶飯事です。大人の世界でもまああるけどそれは置いといて。

しかしこの程度の話ならほとんど問題にならない場合が大半です。それは何故か。からかわれる子、ハブられる子が常に同一ではないからです。その場その場でからかわれたりハブられる子って変わるんですよね。やられる立場の子が別のところではやる立場になるなんて本当によくあることで。だから本人達も「いつものこと」で流せてしまうのです。

ところがたまにいつもやられる立場に身を置く子がいるわけですよ。その子にとってはやられっぱなしなわけですから次第に耐えられなくなってきます。でもどちらの立場にも身を置く子はその気持ちがわからないのです。大人が「そんなことはしてはいけない」と言っても「私だってやられるときがあるけどなんとも思わない。それなのになんであの子だけ?」と思うので、その程度で嫌だと訴える子に対して不満が溜まり、やられる立場の子は「あの子が一緒だと叱られるから」という理由で周囲から距離を置かれることになります。

子供、特に小学生ぐらいまでは自分の視点が全てなんですよね。三男はからかうようなことが全くなく、時間がかかってる子を手伝ったりするような子でしたが、別に優しいからではなく「みんなと一緒に遊ぶと楽しい」と思っていたからです。とにかく友達大好きな子でしたからねぇ。表面的な言動だけ見て安心するのではなく、きちんと言葉で何度も伝える手間をかけることが大人には求められていると思います。