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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

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「みんなと一緒」の怖さ

教育

本日休みの長男、朝から艦これをやってたんですが「燃料が足りない…あかんこれ」と呻いてました。おいおい、それはダジャレのつもりか?と思ったさっこさんですこんにちは。そんな長男、この前次男にも「一緒に艦これやろうぜ」とお誘いしてました。しかし次男は「はまりすぎそうだから絶対やらない」と拒否。まあ学業優秀ならともかく頑張ってもど真ん中の成績な次男にとって、はまりすぎるゲームは危険でしかないんだな。あくまでゲームは息抜きとしてやってる次男。そんな理性が働く次男、嫌いじゃないよ。さて、そんな「一緒」に沿ったお話を今日はしましょうか。

まずは先日拝読したこちらのエントリー。

そして今日Twitterで見かけたこちらのツイート。


これ、すごく関連性があると思うんですよね。前者は小学校の卒業式で皆同じような服を着る、という話なんですが、何故そうなるかは後者で語り尽くされてるような気がします。でもみんなと一緒にすることでしか守られない自意識ってなんなんだろう。

あれは次男が小5だった頃。当時の次男はゲームにあまり興味がない頃で、ソフトはちょっとしか持ってませんでした。そんな次男がある日こんなことを訴えてきました。「学校で誰も俺と遊んでくれない」「なんで?」「みんなが持ってるゲームを俺だけ持ってないから『話に入ってこれんやつとは遊べない』と言われた」とのこと。現在18歳の次男が小学生の頃でも特に男子は携帯ゲーム機を持ってるのが当たり前。そして次男の周囲の子はゲーム好きな子ばかりで、新しいゲームソフトが発売されるとすぐ買ってもらえる子が多かったんです。となると発売日以降はその話題で持ちきりになるわけですよ。次男もそこでぐいぐい入っていけるタイプならいいんですが、それができなくて。元々寂しがり屋な子なのに「休み時間は図書館で本を読んだり校庭で花を眺めて過ごしてる」などと言うのでさすがに心配になって担任に直接事情を話して見守って欲しいと頼みました。結局、彼らの成長と共に次男もまた以前のように一緒に遊べるようになりましたが。

もうひとつは以前も書いた長男が小3のときにあった給食参観の話。私はその給食参観の3週間前に四男を出産したばかりでした。しかし給食参観は保護者と一緒に給食をいただくのが主目的でして。参観後に栄養士さんからの講話もあるので2時間はたっぷりかかります。でも四男を預けるアテもないし、その時間に夫が仕事を抜けて行くのは難しい。生まれたての四男を連れての参加はかなり私には負担です。四男だって学校で長時間過ごさせるのは不安だし。そこで長男には事情がわかるように説明しました。長男も「お母さんと四男がしんどいなら仕方ないし、俺ひとりでも大丈夫。先生もいるし」と納得してくれたので安心して給食参観の出欠届は欠席で提出したのですが…。後日担任から電話がありまして「長男くんのご家庭以外は全員保護者が出席するので、どうにか出席していただけないでしょうか」とのこと。ここまで言われたら出席せざるを得ませんでした。勿論私が出席すれば長男が喜ぶことはわかりきってます。だからこそ丁寧に説明して了承を得たのに、それがあっという間に無に帰してしまったのです。

子供は未熟ですから、友達も自分と同じ考えで、同じ環境で過ごしてると信じて疑ってません。次男が遊んでもらえなかったときも「なんでゲーム買ってもらわないの?」と不思議そうに言う子がいたそうです。そのほうが楽に解決できるのはわかってますけど、それだと自分が興味がないことであってもみんなに合わせなくてはならないことになります。自分と周囲との考えや環境が違うと自覚したときこそ、親がきちんとフォローしなくてはならないのではないか。そこをめんどうだからと放り出して子供を「みんなと一緒」にしてしまうのは危険なのでは。だってどうあがいても「みんなと一緒」になれないとき、何を支えにしたらいいのでしょう。そう考えると多様性を受け入れてもらえない「みんなと一緒」は少々危険なのではないかと考えるさっこさんなのでした。