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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

「苦労」の基準

日常 感想

今日は天気がおかしい。晴れたかと思ったらいきなり雪が降ってくるし。ものすごく天気が不安定。しかも風が強くて強くて。そんな中、三男は部活で学校近くにある山に登ってきました。「ウインドブレーカー持って行ったら良かった」とぼやいてましたが、そらあったほうがいいに決まってるだろう…。よく体操服だけで頑張ったなと思ったさっこさんですこんにちは。ちなみに山の中腹は雪が積もっていて、雪合戦したらしい。まあ四国じゃ雪は珍しいしな。

さて、Twitterでよくみかけるのが「苦労した人ほど他人にも苦労を強いる」という言説です。「自分は苦労してきた、だからお前も苦労しろ」というわけです。確かにそんな感じの人はいるし、私もそうだなあと思ってました。しかしこれはちょっと違うんじゃないか?と最近思うようになりました。

きっかけは朝ドラ「べっぴんさん」です。ヒロインすみれの娘さくらが高校生になるやいなや反抗期に入って「親は私のことを全然わかっちゃくれない」「私のことなんてどうでもいいんでしょう?」とやさぐれるわけです。まあ思春期あるあるなんだけど、これに対する感想で「あんなに恵まれてるのに感謝もせずに文句を垂れるなんてなんてワガママな娘だ(意訳)」というのが散見されるんですよね。確かに彼女の家庭は大変裕福で女中もいます。しかしさくらにとっては生まれた時からそれが当たり前だったんだから恵まれてるなんて自覚があるはずもない。親だって家事は全て女中に任せているし。というわけで首をひねりながら考えたんですが、そこで「苦労した人は他人にも苦労をしろと思ってるわけじゃなく、苦労してない人がその環境に感謝の意を表さないことに苛立ちを感じてるのではないか?」と思い当たったわけです。

しかし前述の通り、人は生まれ育った環境によって「当たり前」が異なります。だから苦労の基準だって変わるんですよね。裕福なら裕福なりの苦労はあります。でも人は自分自身、もしくは自分の周囲を基準に考えるので、自分より苦労してない人に対して「恵まれてる」と思っちゃうんですね。

そう言えばこの前13万円の仕送りを受けてる大学生のことが話題になりましたが、彼だって彼なりに苦労してるんですよね。なんせ親元から離れて暮らしてるんですから、何もかも自分でこなさなきゃならないわけですし。自分基準で「あの人は苦労してる」「あの人は恵まれてる」と断定してしまうのはかなり危険だなあと思うさっこさんなのでした。