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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

愛とは何か

感想

昨夜遊びに出かけた長男。日付が変わりそうになっても帰宅しなかったので先に寝たんだけど、朝になって聞いてみると4時に帰宅したそうな。4時…もうそれ深夜やなくて早朝やで。朝帰りやん。と思ったさっこさんですこんにちは。そして今夜も遊びに出かけるらしい。明日から仕事じゃなかったっけ?大丈夫なんかいな。

さて、最近読んだエントリーで気になったのがこのふたつ。


恋愛工学と毒親。全く関係なさそうでとても関係あるように思うのです。そして以前にも紹介したことがあるマンガ「魔法使いの娘」を思い出しました。「ここはグリーン・ウッド」で知られる那州雪絵の作品なんだけど、すっごくいいのに何故かあんまり評価されてないような気がする。

魔法使いの娘 (1) (ウィングス・コミックス)

魔法使いの娘 (1) (ウィングス・コミックス)

このマンガの主人公、鈴音は養父である陰陽師、鈴の木無山の元で育つんですが、彼女は無山が自分の実の両親を殺したことを知ることになります。同じく陰陽師だった鈴音の父、無定に対して一方的に術比べをふっかけ、依り代であった母の晴香もろとも殺してしまったのです。無山はその後鈴音を引き取るのですが、両親を突然亡くして泣くばかりの幼い鈴音に暗示をかけて両親の記憶を封じてしまいます。ここからしてどうよって感じなんですが、さらに彼は成長した彼女と術比べをして彼女に自分を殺してもらうことを望むようになります。

要するに無山は自分のしでかしたことに対して自分で責任を取ろうとしないんですよね。自分が悪いと言いながら、その実何も悪いとは思ってないんです。無定に術比べをふっかけたのは鈴の木流次期当主を決めるための術比べをすることなく無定が破門になり、自動的に無山が当主になったことに納得がいかなかったからですが「だから無定が悪い」とどこかで思ってる。そして彼を死なせてしまったことを悪いと思いながら、その娘に自分を殺させようとする。それって何もせずに自分の罪をないことにしようとしてるだけですよね。

それに対して鈴音は「許しちゃいけない」と言う。殺されることで何もかもなかったことにはさせない、自分の罪は自分自身で償え、というわけです。結局鈴音は術比べをすることなく無山の術を突破し、そして鈴音の意を受けて無山が自分を変えようとするところでこの話は終わります。

鈴音は本当に強いです。でもその強さを育てたのはまぎれもなく無山なのです。だから無山もその気になれば逃げずに立ち向かえるはずだと鈴音は思ったのかもしれません。鈴音や無山だけでなく、全ての人にその強さは備わってると思います。だって今までちゃんと生きてこられたんだから。その陰に多くの人が自分を助けてくれたり応援してくれたのを知っているから。彼らのためにも自分から逃げてはいけないし、逃げないで自分を受け止めることが「愛」の本質なのかもしれません。だとしたら恋愛工学も毒親も女性に、我が子に原因があるんだと自分から逃げてるだけなので、愛を得られないのは仕方ないことなのかもしれませんね。