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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

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「子育ては楽しい」の「楽しい」は人によって違うという話

育児 家族

朝から洗濯機に5度お仕事をしてもらったさっこさんですこんにちは。洗濯だけで午前中が潰れてしまうよ。畳むのはそんなに苦じゃないけど、干すのは寒くなってきたからつらい…。早く春になって欲しい(気が早すぎ)

さて、そんなに洗濯物が多いのは息子達が成長して洗濯物がかさばるようになったからなんですが。何しろ三男までは大人と同じですからね体格が。あ、長男はもう大人だけど。とまあ息子達がそれなりに成長した今は、ご近所の方々から「小さい頃は大変だったけど、皆大きくなって助けてくれるようになったから楽になったね」というようなお声をかけられるようになりました。おっしゃるとおりです。もう自分のことは自分でできるし、家のこともできるだけやってくれるようになったし、兄弟喧嘩もほとんどなくなって兄弟で助け合うことのほうがずっと多くなりました。何もかも面倒をみてあげなくてはならなくて、兄弟喧嘩でうるさかったのが嘘のようです。本当に毎日が楽しい。

私はどうも乳幼児が苦手で息子達が幼い頃は「ここは地獄の一丁目か」と思うほどしんどかったんですが、あの苦しみがあったからこそ今があるわけで、そう考えると今のこの状態はご褒美的なものなのかもしれません。あくまでも結果論ですが。

そんな私の「子育ては楽しい」とは全く違った楽しみを、お子さんが生まれたときから味わっている方もいらっしゃいます。長男が幼稚園児、小学生だったときにずっと一緒のクラスだった女の子のお母さんなんですが。お子さんが幼稚園児だった頃、彼女は出勤前にお子さんと一緒に近所を散歩するのが日課でした。朝の忙しいときに散歩の時間を捻出するなんてすごいなあと思ってたんですが、それには彼女なりの理由がありました。

「子供と一緒にいると何もかもが新鮮で楽しい。だから少しでも子供と一緒に過ごす時間を作りたい」というのです。仕事の関係で幼稚園の送迎も祖父母がしていたし、園の行事も祖父母が代わりに出席することが多かっただけに、その思いが強かったのかもしれません。なにより彼女は子供という生き物そのものが好きなのでしょう。子供に関わる仕事をされてるので。そして長年子供と関わる仕事をしてる彼女ですら、我が子と関わることで新しい発見があって「楽しい」と思えることが衝撃でした。

と言うことは私は今まで息子達と過ごすことで得られる「楽しい」をどれだけ見過ごしてきたのだろうかと思うのです。でも今の私は息子達の言動に新鮮さを感じ、面白いと思ってる。それが私にとっての「楽しい」であって、恐らく今から乳幼児の我が子と接しても楽しいとは思わないでしょう。

つまり子育ての楽しさをどこに感じるかは人それぞれで、他人が「ここが楽しい」と感じるのなら自分も楽しいと感じなきゃ!というものじゃないのです。今「子育てが楽しい」と思ってるのならその楽しさを思う存分満喫すればいいし、まだ楽しいと思ったことがないなら「きっとこれから楽しいことがあるんだ」と楽しさを発見できる日を待てばいいのです。

というわけで、今の私は子育ての楽しさを思う存分満喫しております。願わくば息子達が独立して親元を離れてしまってもこの楽しさが続きますように…と義母が文句を言いつつも夫や義兄、義姉達と仲良くしてる様子を見るにつけ思うさっこさんなのでした。