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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

他人と一緒に過ごすメリット

明日から三男は期末テスト。つまりお弁当は作らなくていい代わりにお昼ご飯を作らなきゃならないんですな。これが結構めんどくさくて…。自分ひとりだけだとお茶漬けとかご飯に海苔の佃煮みたいなもんで済ませちゃうけど、息子達のご飯はそういうわけにはいかないですからね。夕食みたいに4人~6人分作るのは時間かかってもそうめんどくさくないのに、少人数分作るのはどうしてこうめんどくさいんだろうと思うさっこさんですこんにちは。

さて、最近またぞろ恋だの結婚だのの話題が多くなってまいりました。今日だとこちらのエントリーとか。笑えるのでオススメですよ。

で、恋人欲しいも結婚したいもそうなんだけど、なんでそんなに恋人欲しがったり結婚したがるのかっていうところからの話じゃないのかなあと思うんですよ。20代の頃の私は「これを一緒にやろうという目的もなく、ただ他人と一緒に過ごすことに何のメリットがあるのか」と思ってたんですよね。だから恋人がいなくても全然平気だったし、たまに友達と一緒に映画を観に行ったり旅行へ行ったりするぐらいで十二分に満足してたわけですよ。そういうときはお互いに目的がしっかり定まってるわけだから。

もし私に「子供が欲しい」という欲求があれば話は別だったんでしょうけど、子供なんて全然眼中になかったから当然結婚も全く視野に入ってなかったわけで。無論子供を望まなくても結婚はできますけど、なら別に結婚なんてしなくても友達でよくない?ってなるんですよね。結婚すればどうしたって相手の家族やら交友関係に巻き込まれるわけだし、そんなの面倒以外の何者でもないですよ。そこまでして他人と一緒に生活したいの?

なーんて結婚してる私が言うことじゃないのかもしれませんが、まあ夫が子供を望んでたから「なら彼の子供を産むなら結婚したほうがいいよね」というわけで。私の子供じゃなく、夫の子供です。私は彼のために腹を貸してあげるぐらいの感じでした、当時はね。今は息子達にも情があるしなにより色恋沙汰と全く無関係に気安く話ができる異性を得ることができたのはなかなか得難い経験でした。ただの友達だと思ってた異性からお付き合いをしないかと言われて脱兎の如く逃げた私からするとその心配がないというのはかなりありがたいのです。子供が娘だったらどうなってたのか、それはわからないけど。

とここまで考えたところで私は結婚に安定を無意識に望んでいたのかもしれないなと思うのであります。たまたま結婚して心が落ち着くようになったのでこうして結婚生活を持続してるわけですが、そうでなければさっさと離婚しちゃってただろうからなあ。つまり私にとって他人と一緒に過ごすメリットは心の安定を得ることだったわけです。

ところでもし私がひとりでいることの寂しさを埋めるためだけに結婚してたら、多分すぐにそれが間違いだったと気づいたでしょうね。寂しいという感情は自分自身のものであって、相手が常に自分の思い通りに動いてくれなければ埋まるものではない。そういう関係は最初のうちは良くても長く暮らしていると破綻していくことが多いし、寂しいから結婚したい、というのだけは私の場合やめておいたほうがいいかなあ。などと思うのでした。