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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

優しい主人と幸せな奴隷

感想 日常

このところ寒くなってきたのでおやつにぜんざいを作りました。ぜんざい好きな長男は大喜び。ちょっと手間だけどおやつ買うのと大して変わらない金で作れるから、これからまたぜんざいを作る機会が多くなるだろうなと思うさっこさんですこんにちは。ちなみに夕食にはおでんを作ったぞ。大根と牛すじいただいたのである。

さて、先ほど帰宅してRSSリーダーをチェックしてたらこのまとめが目にとまりました。

読んですぐ、先日書いたばかりの義父についてのエントリーを思い出しました。

まあ確かにフィリピン人メイドは生活に困らないし実家に仕送りもできるかもしれないけど、この関係って主人と奴隷でしかないですよね。金持ちが食べていけない無教養な働き者に自由を与えない代わりに衣食住を施してやってるって感じです。それはそれでいいじゃないかと言う人もいるだろうけど、結局は貧乏人がいないと成り立たないシステムなのでなーんかなあと思ってしまう。義父は貧乏で学がないから小学校を卒業してすぐ丁稚奉公へ出たり職業軍人になったりしたわけだけど、自発的な形とは言え、高等教育受けていたら好き好んで丁稚奉公へ出たり職業軍人になってたか?というと甚だ疑問なわけで。「自分からメイドになったんだからいいじゃないか」というのは金持ちの理屈だよね。

でもメイドにならなきゃおまんまの食い上げなのは間違いなく、金持ちは奴隷に優しくしてやってるという自己満足と楽しい暮らしを手に入れ、貧乏人は奴隷になることでとりあえず食いつないでいけるし優しい主人に当たればそれなりに生き甲斐も見いだせる。まあよくできたシステムではあるとは思う。私が子供の頃愛読してた海外のお話…例えば「秘密の花園」や「小公女」も優しい主人と幸せな奴隷が描かれています。そう言えば田中芳樹の「アルスラーン戦記」にもそういうエピソードあったな。無知な貧乏人を狭い世界に閉じ込めて手足のように使うために満足感を与えて繋ぎ止めるテクニックは太古の昔から存在して、それがこの世からなくなることはないのかもしれませんね。

さて、あなたは優しい主人になりたいですか?それとも幸せな奴隷になりたいですか?