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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

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医療と宗教

感想

明日、長男が「朝5時に家を出る」って言うんですよ。なんでも異動する人の送別会をするらしいんですが、田舎なのでみんな車で出勤してるんですよね。で、班長命令で「近くに住んでる同僚を拾って出社するように」と言われたらしい。近くと言っても隣市なので、いつもより1時間早く家を出ないと遅刻しちゃうという寸法です。長男「送別会では飲めないし帰りは送らなあかんし、ほんまやってられんわ」とぶつくさ。「僕も飲みます!と言えばいいじゃん」と思ったさっこさんですこんにちは。それにしてもいつの間に酒飲みたくなった長男。二十歳になるまで「俺は付き合い以外で絶対に酒を飲まない」と言ってたのに、この前夫がつまみにしてた柿の種を夫と一緒に食べながら「(柿の種を)食べてると酒を飲みたくなる」なんて言うじゃありませんか。なんなの一体どんな心境の変化があったの?まあ飲むのは自由だから別にいいんだけど、酒癖が夫に似てそうなのがちょっと心配…。下記は夫の酒癖の一例です。

さて、話はガラッと変わりますが。今朝こんなツイートを見かけたんですよね。


これ読んで効きもしないトンデモ療法にのめり込む人がいる理由がようやくわかりました。そうか、彼らは癒しを求めてはまっていくんだ。親身になって話を聞いてくれて共感してくれることを求めてるんだと。

医療はどんな病気でも治してくれるわけじゃないですから、治療すればどんな病気でも治るわけじゃありません。今の医療で完治させられない病気に関しては治療で少しでも延命することだけです。それ以外にできることはない。でも患者やその家族が求めてるものは延命がどうのこうのではなく、心の支えなんですね。

昔なら心の支えは信心だったんでしょう。医療と宗教の両輪が患者や家族を支えていた。しかし今は幼い頃から染みついた信仰を持つ人って少ないですからね。心のよりどころを他のところに求めなくてはならない。それがトンデモ療法というわけです。

医療現場で全ての患者の気持ちに寄り添って支えることまで医師がしていたら心身が持たないでしょう。となると医療現場とは別に患者とその家族の気持ちを支えるしくみが必要なのかもしれません。いくらトンデモ療法を叩いたところで、患者やその家族は救われませんからね。宗教がダメだとすると一体何が良いのだろうか?と考えるさっこさんでした。