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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

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学ぶ意義を見つけることが大人への第一歩

教育 育児

来月には次男の学校で学祭があるんですが、学祭二日目は知的財産管理技能検定受験のため、次男は学祭に参加しません。というわけで一日目しか今年は行かない予定のさっこさんですこんにちは。女装大会は二日目にあるのに見損ねたわ…チッ(ぉ

その次男、幼い頃異常なまでに活発な子でした。何にでも興味を示すので、初めて出かけるところだとはしゃぎまくってちっともじっとしない。まあそれは仕方ないんですが、糸の切れた凧のようにどこへ行くかわからないので一瞬たりとも目が離せませんでした。そして「なんで?どうして?」の質問攻め。自分が納得できるまでしつこく質問し続けるので、親は忍耐力を試されまくってました。とにかくなんでも自分で確認したりわからないことをわかるようにならないと気が済まない子でした。本当に好奇心の塊。

そう言えば三男が生まれた当時、2歳だった次男は三男の寝ているベビーベッドにおもちゃを投げ込んだり三男めがけてダイビングしたり私が三男を抱っこしてると足に噛みついたりしてたんですが、弟が生まれて焼きもちを焼いてると思ってたんですよ。確かに半分はそうだったかもしれませんが、今にして思うとあれは新しいおもちゃを手にしたときの反応と酷似してる…。ああやって三男がどんな物体なのかを次男なりに観察していたのかもしれません。そうとわかっていても「ちょっと待て」と止めざるを得ない案件ですが。

そんな次男が今現在どうなってるかと言いますと、真面目にコツコツ勉強する読書が好きな大人しい子になっております。その前段階の小学生の頃、宿題でわからない問題があると「わからへん」と言いながら号泣してたんですよ。そこまで泣かなくても…と思ってたんですが、あれは「わからないことがある」ことがどうしても嫌だったんでしょうね。悔しさとはちょっと違う。それからですね、私が何も言わなくても勉強するようになったのは。彼にとって勉強とは「わからないことをなくしていく」ことだったんだろうなと思います。そのために勉強が大事だと小さいながらに気づいたんでしょうね。そして中学生になってからは部活の先輩や友達のお兄さんなどから情報を収集して自分でしっかり進路を考えられるようになりました。

時々「何故勉強しなくてはならないのか?」と子供に質問されたらどうするか?という話題が持ち上がりますが、そんなことを質問されること自体がちょっと問題なのかもなあと次男を見てると思うのです。年齢にもよるけど、学ぶ意義を自分で見いだせないってまずいんじゃないのかなと。学ぶ意義を見いだせないと自分がこれからどんなことを学びたいか、何をしたいかも定まらないわけで、となると自分で進路も決められなくなってしまう。その答えは少なくとも中学生になる頃には子供自身で見つけて欲しいな。それこそが子供が大人へと成長する第一歩なんじゃないかなと思うさっこさんでした。