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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

親であるという贅沢

明日、三男は16歳の誕生日を迎えます。これで今年、我が家族全員が誕生日を迎えることになります。長男二十歳、次男18歳、三男16歳、四男11歳。私が初めてネットに触れたのは三男が誕生した頃でした。あの頃は自分が4児の母になるなんて思ってもみなかったなあと感慨深いさっこさんですこんにちは。

その三男は何度か書いたのですが、とにかく心配だらけの子でした。最初に胎盤の位置が低いと言われ、何度も逆子になり、産まれるときはへその緒が体に巻き付いていて産声をすぐにあげず、産まれてみたら心疾患があり、2歳までは病気だらけで通院する毎日、ちょっと育ったら発達障害の疑いありと検診で言われ、小学生になると教室から脱走し、中学生になってもじっくりと課題に取り組めない。間違いなく息子達の中で一番手がかかって心配の種が尽きなかったのは三男でした。それでもなんとか志望校に合格し、熱望してただけあってそれなりに学業に頑張ってます。よくぞここまで大きくなってくれた…というのが正直な感想です。

それと同時に少し寂しさを感じてるのも事実です。もうお金以外で三男に援助してやれることってあまりないんですよね。子供が幼いうちは親が庇護してあげないと!という気持ちがある。三男みたいに心配の種が多いと尚更です。しかし成長と共にそれも少しずつ減っていく。気がついたら親の手はほとんど必要無くなっていて「ああ、巣立ちの時期が近いんだなあ」と思わざるを得ない。その寂しさ。しかし一方で、ホッとしてる部分とここまで成長してくれてありがとう、という感謝と喜びの気持ちがあるのも確かなのです。

そんな親心を、BSプレミアムで絶賛再放送中の「てるてる家族」で主人公の冬子達4姉妹の両親、春男と照子が語ってました。春男は「(子供のことで)いろんな心配したいねん」と言い、照子は「子供の心配するのが親の贅沢や」と言う。そう、心配してるうちは子供は親の庇護下にある。だからもっともっと心配していたい。でも心配できる時期は限られている。だから「親の贅沢」なのです。無論、一人前になっても親は子を心配するものですが、それはもう庇護に伴う心配じゃない。親と子は対等な関係になるのだから、幼い頃の心配とは異質なものなのです。

我が家は四男がまだ小学生だし心配する時期はまだまだ続きますが、春男と照子の気持ちがとてもよくわかるのです。心配できるうちしか子供は親を頼らないのだから、目いっぱい心配して目いっぱい頼ってもらって快く息子達が親元を旅立つときに送り出してやりたい、そう思ってます。