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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

セックスレスに苦しむ人の気持ちを考えてみた

家族 いろいろ

以前からちょいちょい書いてますが、最近夫のちょっかいのかけかたが鬱陶しくて仕方ない。トイレから出てくると柱の陰から突然あらわれて「わっ!」と驚かしたり、息子達と話をしていると後ろから輪ゴムを当ててきたり、私がゴミの日じゃないのに勘違いしてゴミを出そうとしたらそれを指摘しつつ「やーい、やーい、間違ってやんのw」とはやし立てたり。いい加減ブチキレて追いかけ回したり蹴りをかますことが多いさっこさんですこんにちは。今まで夫のことを「大きな息子」という妻の気持ちがわからなかったけど、こういうことかと得心できたのだけが収穫だわ。しかし義姉達から聞いた夫の昔の所行を総合すると、これは夫なりのコミュニケーションらしい。確かに疲れているので無反応だったりすると「どうしたん?どっか具合悪いんか?」と心配してくれるのである。一番夫の標的になってる四男も「お父さんだから仕方ない」と腹を立てつつも受け入れてるみたいだし、死ぬまでこういう夫に付き合うしかないのかなあと思ってます。

さて、本日はこんなふうに人によってコミュニケーション手段は色々あるって話です。夫がまるで会話をしてくれない夫婦がいたとしましょう。その夫は妻とのやり取りを全てLINEで済ませてしまう。LINEは頻繁に送ってくるのに会話は全くしてくれない。妻が何度か懇願したら会話に応じてくれたけど「はいはい、一体どういう会話がしたいんだ?面倒だからさっさと済ませてくれ」という態度。そして会話はその一度きりで終わってしまい、またLINEだけでやり取りをする日々。妻はそんな夫との生活に絶望し、離婚を考える…。

まあこれは私が考えた空想のお話なんですが、あなたが妻の立場になったらどう思うでしょうか?「LINEだけのやり取りのほうが楽でいいわ」と思う方もいらっしゃるだろうし「そんな生活は耐えられない」とおっしゃる方もおられるでしょう。確かにLINEでのやり取りだけでも意思の疎通はできます。連絡事項もきちんと伝わるでしょう。でも「耐えられない」と思う方は、会話でのコミュニケーションにそれ以外の付加価値を求めてると思うんです。たわいない会話にホッとしたり癒されたり幸せを感じたり。そういう心に響くコミュニケーションって共に暮らすためにはとても大事な部分だと思うんですよね。そしてセックスレスに苦しむ人も同じなんじゃないかなあとこちらのエントリーを読んで思ったわけです。
セックスを性欲を処理する手段としか考えてない人は、自分の性欲が薄いと「なんで応じなきゃならないんだ」と思われるでしょう。そして性欲を処理するだけの話だったら何もパートナーとのセックスだけに限定する必要はないんですよね。風俗に通うも良し、セフレを作るも良し。それで問題はないはずです。では「パートナーとのセックスでなければ駄目だ」という人はどうしてそうなるのか。それが先ほど書いた心に響くコミュニケーションじゃないかと思うんです。つまりセックスにコミュニケーションという付加価値を求めてるわけですね。その大切なコミュニケーション手段を一方的に拒絶されると、そりゃあつらいし死ぬことを考えても不思議じゃないです。

では以前はうまくいってたのに結婚して何年か経つとセックスを拒絶されてしまうケースが出てくるのはどうしてか。病気などで性交渉が無理になってしまった場合は別として、恐らく若い頃はそれなりに性欲があったけれど年を取ることで性欲が薄れてしまうんじゃないかなと。性欲処理だけの話だったら、性欲が薄くなってしまったらセックスは必要無くなってしまいますからね。こうなってしまうとパートナーがいくら懇願しても鬱陶しいだけなのはわかります。

私も正直なところ、セックスしなくても全然平気な人です。夫が求めてこなければそれでも別に構わないんですよ。でも夫はセックスにコミュニケーションとしての付加価値を求めてる人で、それは夫とセックスをしてるとよくわかるんですよ。こっちもなんかつられてホッとしちゃうし癒されちゃうし。だから夫から求められたらこちら側に拒否するような問題がない限り受け入れることにしてます。夫とは仲良くやっていきたいし、そのためにもコミュニケーション手段としてのセックスを拒絶して関係を拗らせる気はないのです。

ただ、セックスに嫌悪感を覚えるようになった人はセックスを求められるのは苦痛でしょうね…。そうなると治療する領域に入ってくるのかな。そう言えば自分のブクマを漁ってたら、こんなのが出てきました。
何かの参考になることを祈りつつ、本日のエントリーを締めさせていただきたいと思います。