読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

親であることが嫌だった

育児

アイドルがファンらしき男性に刺されたニュースが流れてますが、週末ニュースを見る暇があまりなかった次男にそれを教えたらこんな反応が。

怖いやひどいでなく、こういう感想が出てくるところが次男らしいと思ったさっこさんですこんにちは。

その次男は現在寮住まいでそんなに頻繁に顔を合わすわけじゃないけど、おしゃべりするのは楽しいしあちらから話しかけてくるのを心待ちにしてるところがあります。しかし次男が幼い頃は手がかかるばかりで一緒にいることすら苦痛に感じることがありました。
あの頃の私は親として次男に接することが苦痛だったのかなと。彼の言動の全てに責任を持たなければならないという重圧。でも親と言うだけで次男を完全にコントロール下に置けるわけもなく、周囲に求められる(と思っていた)親としての役割と、現実との乖離に耐えられなかった。

そんな次男も成長する。今では私より力が強くなり、私の知らないことを学んでいる。もうコントロールなんてできやしない。いや、もう次男自身が次男をコントロールする年になったのです。こうなると親としての私の役割は相談やお願いだけに対応すればいい。次男と一緒にいて楽しくなったのは親としての責任が軽くなったのと無関係ではないと思います。次男との関係性が親子から他人同士と同じになりつつあるところが。そうか、私は親であることが嫌だったんだな。親というフィルターを通してしか我が子と接することができないのがつらかったんだな。親でなければ幼い次男を可愛いと思うこともあったかもしれない。

そして先ほどの話。仕事から帰宅した長男と会話していたらビールの話になって「第三のビールってまずいんやろ?」と言うので「知らん。本物のビールでも美味しいと思ったことないから」と返事したら「普段は母さんに全く共感することないけど、それについては同意しとくわ」と言われました。そう、これ。これよ。親子だからって同じ感性、気質の持ち主ではないわけで。それなのに親子というだけで同一視される点もしんどかったんだろうなと思います。ほんと、あれはないわー。