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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

のどかだったんじゃなくて子供の安全に無頓着だった昔

この前三男と自分の通学のことを話したさっこさんですこんにちは。「母ちゃんが通った高校は家から3kmもなくて、自転車通学やった」「そんなに近いの!?羨ましすぎる」。まあ三男は高校まで片道14kmの距離を自転車通学だからな。近すぎて笑っちゃうよね。そもそも都会なら14kmも距離があったら電車通学だよなあ…。田舎の厳しさよ。

さて、声かけ写真展なるものが話題になってますが。公式サイトではこんな風に書かれてますが。

声かけ写真はフィルム式コンパクトカメラが普及した1970年代から数十年にわたりアマチュア写真家に好まれたテーマで、中でも街角に遊ぶ少女は格好の被写体でした。

声かけ写真展 on Strikingly

1965年に大阪市で生まれ育ったので、1970年代と言えば幼稚園児~小学生ということになります。当時、大人は子供の安全について無頓着でした。2年保育で幼稚園に通った私ですが、親の付き添いなしで登園、降園してました。家から子供の足でも10分もあれば余裕で到着する距離に園があったとは言え、今では考えられない話です。これはあくまでも推測ですが、その当時の親世代は子沢山家庭で育った人が大勢を占め、大雑把に育てられていた人が多かったんでしょう。私の両親も年長の子と連れだって遊んだ世代ですからね。

まあそんなこんなで入園してしばらくした頃。降園中に見知らぬおじさん(当時の実父と大して変わらない印象だったので30歳前後だと思うのですが)に声をかけられました。「これからおじさんと一緒に遊びに行かないか」と。元々人見知りだったのもあるのですが、全く知らない大人に声をかけられるのは生まれて初めてだったので思考が停止してしまいました。ただ「怖い」だけでしたね。というわけで何も返事はせずにその場から急いで逃げました。家にたどりついてからも「あのおじさんが家まで追いかけてくるのでは」と怖くて震えてました。今から思うと本当に付いていかなくて良かったものです。

でもそんな事案はそれからもうんざりするぐらいあって、そのたびに震え上がりました。何と言っても相手は成人男性。子供が抵抗できるような存在じゃないですよ。写真を撮らせてと公園で遊んでるときに言われたこともありますが、やはりダッシュで逃げましたよ。逃げることしか頭になかったですね。

小学生になると、学校から「この道は通らないように」と言われることがありました。小学生を狙った痴漢が頻発する道というのがあったのですね。大抵は住宅街だけど人通りが少なくて声をあげても気づいてもらえないような場所でした。親にもその情報が伝わっていたかどうかは知りませんが、子供に直接学校が伝えるぐらいだからよっぽどだったのでしょう。

そして以前こんなことも書いてましたね。今の子達はどうなのかわかりませんが、少なくとも私ぐらいの年齢で大阪で育ってる人だと何らかの形でこういう被害に遭った人は多いんじゃないかと思います。

声かけ写真は当然ながら犯罪ではありません。女の子に声をかけて許可を得てから撮影している普通の写真だからです。

声かけ写真展に行ってきた話ー消えゆく声かけ写真と児童ポルノ法 - Modern Age Idol

とのことですが、正直言って知らない成人男性に「嫌」と言える子供がどれぐらいいるんですかねぇ…。親に了承を得てるなら話は別ですが。あまりにも幼いとその意味がよくわからない子もいるだろうし。当時の子供達の様子を知る資料としては貴重かもしれませんが、それにしたって女児だけってのが。男児はいなさそうだし。と思ったらこんなツイートが。

控え目に言ってもあまりいい気分にはなれないです、ええ。