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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

昔見ていた世界と今見てる世界は違う

いろいろ 自分のこと

先日、NHKで大河ファンタジー「精霊の守り人」が放送されました。原作は完全に未読の状態で見始めたのですが、いまいち世界観がわからない。まあそんなこんなで思い切って文庫版を全巻買ってきたさっこさんですこんにちは。

精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)

放送中はとりあえずざっとでも内容を把握しておこうと超高速斜め読みである程度あらすじは掴んだんですが、きちんと読み始めたのは放送が終わってから。今は「神の守り人」に手を付け始めたところです。なんだか懐かしい感じがする物語ですね。色で言うとセピア色。あ、いつも読んでいるとその小説が色としてイメージされるんです。

しかし久々に新しい小説を読んでみたんですが、20代の頃と比べると読むスピードが格段に落ちている。1時間で1冊読むのがやっとって感じです。昔なら3冊は余裕で読めたろうに…。文字が目に入ってから内容を認識するまでの時間がどんどん伸びていってるんですね。これが老化というものか…としみじみ。本を読むなら若いうちにいっぱい読んで詰め込んでおかないと厳しいなあと思ってしまった。あの頃のような読書はもうできないのです。

感じ方も違ってきました。これは年齢関係ない話なんですが。私は大阪で生まれ育ち、29年間住んでました。両親の実家は香川県でしたから、幼い頃は年に1度は行くことがありました。つまり今私が住んでいる家です。あの頃はこんな何もないところで自分が住めるとは思いませんでした。22年前、父方の祖父が亡くなって久々に訪れたときも、何もないところだなあというのは変わらなかった。しかしこちらに引っ越して20年以上経ち、実母の死の知らせを受けて久々に大阪に訪れた私から見た大阪は「おもちゃの町」でした。子供が自分の欲しいものを沢山詰め込んだ、おもちゃのように雑然とした町。それを見て「ここではもう暮らせない」と思いました。あまりにも騒がしく、どこを見ても人だらけの町では心が休まる暇がない、そう思ったのです。

確かに街並みは変わりましたが、どちらも本質的に変わったところはそうありません。変わったのは私なのです。もうあの頃見ていた世界は今の私には見ることはできないのです。それが寂しいと思わなくもないですが、これが人間の適応能力というものなのでしょう。読書にしたところで読むスピードが落ちたから読めなくなった、ではなく、今の体に合うように読むことができる。心が、体が、そうやって今の自分を受け入れてることに感謝しつつ、今の自分なりの楽しみをいくつになっても見つけることができたら死ぬまで穏やかに過ごせるかな、そんな風に思う今日この頃でございます。