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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

天は自ら助くる者を助く

育児 いろいろ 教育

先日、長男が友達2人と夜遊びに出かけました。二人とも小学生のときからの付き合いで、そのうち一人は高校まで一緒でした。その子は今では自衛隊に入り、もう一人の子は専門学校生。焼肉を食べに行ったのですが、専門学校生の子はまだ働いてないんだからと長男と自衛隊の子の二人が奢ったそうです。そして長男は食が細くてあまり食べない子なので、自衛隊員の子が「俺のほうが多く払うから」と多めに払ったとか。長男、友達に恵まれてるなあと思ったさっこさんですこんにちは。なかなかこう気が回る子ってこれぐらいの年頃だとあんまりいないからね。このまま末永く仲良くして欲しいものです。

そんな彼らが中学校を卒業したのは東日本大震災の翌年でした。前年度の卒業式はその震災当日でした。そのこともあってか、校長の祝辞は震災の話から始まったのを覚えてます。そして卒業式当日に中学校の卒業文集をいただきました。数日前に片付けをしていたらそれが出てきたので読んでたんですが、先生方の祝辞のうち、長男の担任だった先生のものに目が止まりました。

この先生は長男が3年生になって転任してきたので、長男のクラスが初めてこの中学で受け持ったクラスでした。今まで出会ったことがないタイプの先生で、思ったことをズバズバ言うんだけど間違ったことは言ってないし本気で生徒の心配をしてるというのがわかる。上手く言えないんだけど、とにかくアクが強くて異彩を放ってる先生でした。でしたって今でも長男の母校でおられるんですけど、三男がたまに顔を合わすことがあると(三男の学年の担当にはなってないので顔を合わすことはほとんどない)「長男のやつ元気でやってるか?」と尋ねるそうです。よくもう何年も前に受け持った生徒のことまで気にかけられるよなあ。

前置きが長くなりました。その先生の祝辞にこんな一節がありました。

「人事を尽くして天命を待つ」ではない、自分のできることはすべてやったと思うことが慢心につながる。どんなに無様であっても、最後の最後の瞬間まで、もがき苦しみながら自分の力で答を出そうとする者だけが救われる。

先生らしい言葉だと思いました。

この年頃の子達ってどうしても他人の目を気にしてかっこつけたり、つらくてもそんなそぶりを見せなかったりするものです。でも無様に見えても自分の力でやれるところまでやろうとするのは人生においてはかっこいいことだとおっしゃりたかったのかもしれません。棘の道にこそ栄光ありとも書いていらしてるし。天は自ら助くる者を助く、ですね。

彼らが中学校を卒業してからもうすぐ4年が経とうとしています。進む道はそれぞれバラバラだけど、彼らが棘の道を乗り越えられますように。その心の強さが大切なのです。強さからしか優しさは生まれない、そう思うから。自分から逃げるような人が、どうして他人に優しくできようか。自ら助くる者は天に代わって他人を助くる者になれるのです。一人で頑張るのはひとりぼっちになりそうで怖いかもしれないけど大丈夫。そんなあなた達を見守るのが親の、大人の、先人達の役割なのですから。