仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

ゲーム機バキバキ騒動とガラス張りの子育て

朝は晴れてたので今日は天気持つのかな?と思ったけど甘かった。バッチリ昼から雨になってしまって慌てて洗濯物を取り込んださっこさんですこんにちは。どうして週末になると天気が崩れるの…。そしてまたコインランドリーに貢ぐことになるのである。

さて、ただいまTwitterでは高橋ちさ子さんの子育てで話題沸騰してますが。彼女ならさもありなん、というエピソードが今までも沢山あったので、今更って感じではありますねぇ。それよりもなんでこんな過激な子育て論を載せる気になったんだ東京新聞。東京新聞もペンより剣のほうが強いと思ってるんですかね。

それはさておき。この騒動で思い出したことがあります。それは亡くなった実母の従弟達のことです。彼らは男の子ばかり3兄弟。一般的には男子ってじっとしてないし喧嘩も派手だし母親がギャーギャー言わないと大人しくならない…なんてイメージがあるかと思いますが、彼らには全く当てはまりません。

彼らの父親はかなりの資産家で、母親も裕福な家庭の出身。金銭的に不自由したことがない人達です。実母の従弟達も何不自由ない暮らしをしていたようです。そして母親は怒るということがない人だったそうで。怒るという感情が生まれるような環境で過ごしたことがなかったからなんでしょう。もうそれだけで私とは別世界の人間ですが。そんな彼女の元で育った彼らも、とても大人しくて優しい子だったそうです。

実母曰く「いつ遊びに行ってもあの子達が喧嘩してるところを見たことがないし、とても行儀が良くて優しいし、勉強もよくできるし、非の打ち所がない子達だった」と。私も遠縁とは言え親族なので何度も顔を合わせたことがあります。と言っても実母よりちょっと年下なだけなので今はもう70近いお年なんですが。それがとても物腰が柔らかでお酒の席でも乱れることはないし穏やかで優しい方達なんですよ。これが育ちというものか…といつも思ってしまいます。

一方、4兄弟の母親である私は、息子達が幼い頃、うるさい息子達にキレて声を荒げることが多々ありました。軽くとは言え、げんこつで頭をコツンとすることも。なんのことはない、高橋ちさ子さんと大して変わりやしないではないか。息子達は息子達で派手な喧嘩をよくやらかしてました。おもちゃ争奪戦も激しかったし。勉強は…まあカエルの子はカエルですね。この母にしてこの子あり、という感じです。とほほ…。

そして今は亡き義父と夫。私の知ってる義父は寡黙だけど孫達にはとても優しい好々爺というイメージだったんですが、夫は「親父はものすごく厳しくて怖かった」とおっしゃいます。いろんなエピソードを聞かされましたが、その中で印象に残ってるのをひとつ紹介します。

まだ夫が小学生の頃に悪さをやらかしてしまい、激怒した義父が庭の木に縄でくくりつけて放置したことがあるそうです。しばらくすると近所のおばさんが縄をほどいてくれて夫の話を聞いてくれ、「おばちゃんも一緒に謝ってあげるから、夫君もお父さんに謝って許してもらおうね」と家まで送ってくれて本当に一緒に謝ってくれて、義父もそれを受け入れた、という話です。

まあ木に縄でくくりつけるのは明らかに体罰なわけで。しかしこの話で大事なのは第三者がきちんと夫の話を聞いてくれたこと、そして義父と夫の間を取り持ってくれたこと、義父がそれを受け入れたことです。ただ体罰を与えただけでは子供には恐怖心しか残りませんが、ちゃんと話を聞いてもらうことで子供も自分が悪かったと思えるようになります。また仲を取り持ってくれたことで、親以外に頼れる人がいるという安心感が芽生えます。そして親がそれを受け入れることで暴力に頼らなくても和解はできるというのを学習します。

親だって人間ですから、つい頭に来て体罰を与えてしまうこともあるでしょう。でもそのときに上記の流れが発生するのであれば、親も子も救われると思うのですよ。だから親以外に子供を見守ってくれる身近な存在というのは大事なのですよ。今はスマホの所有率も高いことだし、メールやLINEで話を聞いてもらうことだってできるので、すぐそばに住んでなくても第三者が話を聞いてあげられる機会はぐっと増えました。うちの子達もしょっちゅう義姉達にメールで私や夫のことを報告してるし。親としては恥ずかしい話ですが、私自身も彼女達のことを信頼しているのでとてもありがたい話だと思ってます。

私は実母の従弟達の母親みたいにはなれません。どんなに頑張っても怒りの感情を覚えた人間にそれを完全に押さえるのは難しい話ですから。子供が幼い頃はともかく、小学生以上になると親子の意見が衝突することなんてよくあることですし。それなら子育てはオープンに、家族以外にも見える状況にしておくのが大事なんじゃないでしょうか。「他人に我が子のことなんて何がわかる!」とだけは思わないように、親が周囲を受け入れる度量が一番必要なのかもしれません。目指すはガラス張りの子育て。それが我が子を守る道。