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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

才覚は発揮できる環境がないと開花しないというお話

今日は眠い…とても眠いです。昨日の疲れが残ってるのか?もう夜出かけるのは勘弁なと思ってしまうさっこさんですこんにちは。でも子供がいると出かけるの嫌だ!なんて言ってられないのだ。夜ゆっくりできるようになるのはまだ当分先の話だな…。

さて、朝ドラを大体見てる私ですが、今放送されてる「あさが来た」も後半にさしかかっております。このドラマは実業家の広岡浅子とその夫広岡信五郎をモデルにした白岡あさと白岡新次郎を軸に話が展開していくドラマです。今はあさが主体となって設立した銀行が軌道に乗った頃のお話をやってるところなんですが。あさと新次郎を見てるとお互い足りないところを補いあう、というのはこういうことなんだろうなと思うのです。

あさは商才に恵まれた女性です。商機を掴むことにかけては天性のものがあります。だからこそまだ女性が社会で活躍していない時代で実業家として名を挙げることができたわけですが。一方の新次郎は「働きたくないでござる(直訳)」という男性で、しかし他人の心を掴むことにかけてはこれまた天性のものを持ってます。最初に登場したときは実家である加野屋の両親にも店のものにも「あほボン」と言われながらも嫌ってる人がいないんですよね。それは彼が細やかな心遣いができる人だからこそだと思うのです。

あさは才覚がありすぎるが故に頭の中が自分の考えだけでいっぱいなので他人の気持ちを置いてけぼりにすることが多々あります。その辺りを夫である新次郎がカバーしてるんですよね。そして新次郎は積極的に働かなくても人の気持ちを汲み取った上で説得するという能力をあさに才覚があるが故に発揮することができるわけです。まさに二人はお互いなくしてその力を存分に発揮することはできなかったでしょう。なんだか出会うべくして出会った、という感じですね。

正直に言うとあさのようなタイプはとても苦手です。信念をもって自分の考えをごり押しするところも、自分の生きてきた道を他人に押しつけようとするところも、周囲に気を使わなさすぎるところも。娘の千代があさに反発するも当然だと思ってしまいます。でも彼女に人並み外れた才覚があることは確かで、それを活かせるようにフォローしてきた新次郎はじめ周囲の人々の努力には頭が下がります。才覚というものはそれを発揮できる環境を整えてこそ開花するものなんだなあと。

蜜を求めて群がってくる虫たちがいなければ花は実をつけないし、蜜がなければ虫たちは生きられない。人も能力によってそれぞれ自分を活かせる道は違ってくる。結婚したらパートナーの才能が発揮できるようにお互いに支えあうのが夫婦であり、子供が生まれたら子供の才能を見極めてそれが伸びるような環境を整えてあげるのが親としての役割なんだろうなと思うさっこさんでした。