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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

思春期と甘え

育児

昨日からNHKの木曜時代劇で「ちかえもん」というドラマが始まりました。これがまあ面白いのなんの。時代劇とは思えない台詞の連発もさることながら、登場人物のキャラが立ってるし、なにより主役の近松門左衛門を演じる松尾スズキの顔芸が面白い。これはドラマが好きな人は見ないと損でっせ、と思うぐらいには。再放送が火曜午後2時5分からあるので、気になる人は是非録画して見てね!実況TLも大層盛り上がったのでとても良かったです。しかし私は見てしまった。録画してひっそり見てる人が「近松が清盛の脚本家を代弁してる感じwww」とツイートしてるのを。はあ、そんな意地悪な見方もあるんでっか、と思ってしまったさっこさんですこんにちは。ドラマに興味ない人に説明すると「ちかえもん」と大河ドラマ「平清盛」の脚本家は同じ人で、清盛の視聴率はとっても悪かったんですよね。と言っても歴史クラスタには大層好評だったので、歴史の知識がない人には受け入れられなかったという話なんでしょうけど。まあ戦国幕末と違ってあの時代の知識は多くの人に浸透してるわけじゃないからなあ。かといって解説を増やしすぎるとドラマとしての流れが悪くなるし、難しいところである。

さて、清盛の視聴率じゃないけど、親のやりようが子供には受け入れられない、というのはとても良くあることで。育児とはなかなか一筋縄ではいかないものです。先日、血縁のない子供を養子として迎え入れたときにどんなことが起こるかという記事を拝読しましたが。これ、血を分けた親子でも参考になることが沢山書いてあるなあと思いました。特にカクカクと首を縦に振りまくったのがここ。

血のつながりがあってもなくても、思春期は『第二の試し』の時期です。『私はそれなりに親に愛されてきたから、自信をもって世の中に出ていける』ということを確信するため、親にもう一度揺さぶりをかける。それまでの子育てで手抜きがあると、親子関係が壊れてしまうこともあります

「自分は愛されているのか」 親の覚悟を試す子ども:朝日新聞デジタル

そう、今までの親子関係が良好であったからこそ、思春期の親への反発というのはやってくるのですよ。大人へと自立する前の不安もあるし、大きくなって大人の汚い面も見えてくる故の恐れとか。そういうものを親にぶつけてくるわけです。反発がないとしたら、余程親のことを信頼していて大人になっても何かあっても支えてくれるという絶対的な自信があるか、一生親に依存して生きていくつもりか、はたまたすでに親には何の期待もしてなくて親という存在を全く信頼してないか。そんな感じじゃないでしょうか。

私はこの「第二の試し」のことを子供が大人になる前にやってくる最後の甘えと捉えてますが、これをきちんと乗り切らないと子供が大人になってからの親子関係は壊れると思ってます。だもんでこの記事にはホント完全同意なんですよね。

実際、次男の学校の寮生には、親といても気詰まりだからとか一緒にいても楽しくないからという理由で寮に入ってる子も少なからずいるらしい。なんだかんだ言っても高専生だから学業はそこそこ優秀だったはずなんですが、親がプレッシャーをかけすぎたり、もっと優秀な兄弟と比較したり、他の兄弟をやたら可愛がってえこひいきしたり…いろんな理由で親と一緒に暮らしたくない、という子はいるんですよ。親はそんなつもりはないのかもしれません。でも子供がそう思ってしまってる以上、それが子供から見た親の姿なのです。

「もう大きいんだから親に反発したり甘えるのはおかしい」とおっしゃる向きもあるかもしれませんが、では大人は反発したり甘えたりしないんですか?他人と自分を比較して嫉妬したり、悪口を叩いたり、自分より下だと思う人を悪し様に扱ったり、パートナーに無理難題ふっかけて平気な顔をしてたり、「これぐらい言わなくてもわかるでしょ!」と思ってしまったり…。大人だってまだまだ未成熟な生き物なのですよ。それを棚に上げて子供に「甘えるな」と言うのはちゃんちゃらおかしい。自分がどこに出て行っても完璧な人間だと胸張って言える人しかそんな台詞は言えないですよ。いや、たとえ言えたとしても、自分と同じように完璧な人間になれと強要するのは愚かなことです。子供は親とは別の人間で、親と同じように生きられない子だっているのです。子供を自分の付属物ではなく、ひとりの人間として扱うのが大事なんじゃないでしょうか。「甘えるな」という言葉は血縁という繋がりに甘えて子供を人間として扱わない親に言いたいですね。