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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

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年末年始の思い出

いろいろ 自分のこと

今日も買い出しやら墓参りやらで走り回ってゆっくりする暇がなかったさっこさんですこんばんは。やっとプライベートタイム確保できたぞ。こうやってドタバタするのが年末の恒例行事。明日も元日籠もれるようにたっぷり買い物してこなくちゃ。

さて、ちょっと空いた時間にこちらのエントリーを拝読しました。これ読んでまだ幼かった頃の年末年始を思い出しましたよ。

当時、いつも年末になると家族で実父の実家に帰省して年末年始を過ごしておりました。その頃の実父の実家は茅葺き屋根の家でして。玄関は引き戸で勿論鍵なんぞありません。家の中に入るとだだっぴろい土間がありました。この土間で農作業をするわけです。その横に部屋があって、土間をまっすぐ進むと羽釜が置いてあり、その横に五右衛門風呂が鎮座。そして突き当たりに台所がありました。勿論、台所は土間と続いてるので土足。お風呂に入るのも一旦靴に履き替えて行かなくてはなりません。お風呂の横には薪と薪の焚きつけ用に松の葉が積んであって、それでお風呂を沸かすのが珍しくて祖母が薪をくべるのをじっと見ていたものです。

トイレは一旦外に出て、家の裏側に回らなくてはなりませんでした。そして当然の如く汲み取り式トイレです。しかも床はタイルじゃなく板張りで裸電球がぶら下がってるだけ。トイレットペーパーなんて置いてなくて通称便所紙が置いてありました。検索したらAmazonにあるやないか。まだ売ってるのかー。もっとも、子供の頃見たのはこんな上質の紙じゃなかったと思うけど。

まあそんなわけで夜ひとりでトイレに行くのはかなり勇気が要りまして。なにしろ田舎だから周囲は真っ暗で、懐中電灯持ってトイレに行かないと足元すら見えなくてですね…。本当に何十年もタイムスリップしたような気持ちになりました。

テレビはテレビで確か当時は民放が2局しかなくて、見られる番組が限られている。お店だってお隣に雑貨屋さんみたいなのがあるだけで、ちょっと品揃えが豊富な店に行こうとしたら自転車だと1時間は漕がないとたどりつかない。ずっと住んでたら何もなさすぎて飽きるだろうなあという感じでした。

まあそれはいいんです。飽きるほど滞在するわけじゃありませんから。嫌だったのが食事の時間でした。祖父も祖母も何かにつけて両親に「早くこっちに戻ってこい」という話をするんですよね。でも実父にはそんな気は全くないし、実母も同様でした。というより実母は祖母を嫌っていて、それが言葉の端々に感じられるんですよ。祖母も祖母でそんな実母を嫌ってるものだから、全員揃う食事の時間はいたたまれない雰囲気でした。

で、時々祖母も実母も私に同意を求めるんですよ。どちらの味方をしてもどちらかの気分を害するのは幼い私でも十二分にわかります。だから曖昧な笑顔を向けるしかなかった。同意しようものならどんなことになるか恐ろしくて考えたくもない。折角の食事も美味しさも何もなく、機械的に押し込みながら「早くこの時間がすぎてくれないかな」とそればかり考えてました。思い出すだけでも胃が痛くなる。

そして歳月は流れ、私が中学生になってからは実父の実家に帰省することがなくなりました。表向きは子供(私や妹)が大きくなってそれぞれ予定が入るようになったから、ということになってましたが、本当のところは小6のときに母方の祖母が亡くなって帰省しても実母の実家へ立ち寄りづらくなってしまった実母が、これ幸いと子供をダシに帰省をやめてしまったんですよね。実父は仕事が忙しくて帰省していた頃でも母子だけが先に帰省して実父は後から帰省することもままあったし。私が再び実父の実家へ足を運んだのはそれから15年後、祖父が亡くなったときのことでした。

そんな私も結婚し、年始に夫の実家へ足を運ぶようになりました。夫の兄弟に甥姪も集まって賑やかなお年始。これがまあ楽しいんですよ。いやーな話題はなんにもない。親族が集まるのってこんなに楽しいものなんだと結婚して初めて知りました。義姉達は「さっこさん普段大変だから」とゆっくり休んだらいいと言ってくれるし、息子達の相手もしてくれるし天国ですよ。息子達も喜んでほいほい義姉達についていくし、お陰様で楽させてもらってます。というわけで、来年も新年早々羽を伸ばしますよっと。