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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

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言われてもやっとする「無理」という言葉

いろいろ

本日は今年最後の日曜日ですが、夫は法事に出かけております。隣の県でちょっと遠いのもあって帰宅は遅くなるかな。長男は高校時代の先輩のお宅に遊びに出かけてるし、なんだか年末という感じのしない休日を過ごしてるさっこさんですこんにちは。

さて、先日こんなツイートがTLに流れてきました。

この気持ち、とてもよくわかるんですよね。

どちらの両親の手助けも受けられず(週末は子育ての手が離れた義姉達が助けてくれましたが)子供は4人。産後も1ヶ月ゆっくり過ごすなんてできなくて、退院してすぐに動き回ってました。

そんな私を見て「私だったら無理」「大変ですね」と色々な方から何度も言われました。そして「無理」というのは相手のことなのに、どうして引っかかるものを感じるんだろうなと。「困ったことがあったら相談して」「力になれることだったら力になるから」ならわかるんですよ。意思を伝えるための発言だから。でも「無理」だなんて特に伝える必要のない言葉なので、その意図はなんだろうかと考えてしまう。考えなきゃいいんですが、考えてしまうのが私の気質なんですよね。それでもやもやしてたわけです。

でも発言してる当人はそんなに深い意味を込めて言ってるわけじゃないんだろうなとわかってきました。「無理」「大変ですね」という言葉は感想に近いものなんだと。それに気づいたのは、私に「無理」と言った人に対して私と似たような境遇の人が「無理と言われてもやらないと仕方ないんだから」と言い返したときに、ちょっと驚いたような気圧されたような表情を浮かべたからです。ああ、特にこちらにどうこう言うつもりじゃなくて自然に口から出てしまった言葉なんだろうなと。

そしてこの言葉で気に病んでしまうのは、私自身が無理してるという自覚があったからなんでしょう。そこに「無理」「大変ですね」と言われて無理を重ねてる自分が惨めに思えて勝手にダメージを食らってたんだろうなと。その言葉を受け取る自分の心にも問題があったわけです。

というわけで、今は言われても気にしないことにしています。ただの感想に一々反応する必要もないですからね。もうちょっと他人の気持ちと自分の気持ちを切り離して考えないとなあと反省するさっこさんでした。