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仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

「子供のため」とはなんなのか、という話

本日は午前中所用で出かけておりまして、その前にと朝は家事をフルスピードでこなしておりました。昼食の時間までに帰宅できないので、息子達の昼食用にとカレーも作って出かけましたよ。お陰で朝食を食べ損ねたさっこさんですこんにちは。今でこそこういうことはほとんどないのですが、息子達が幼い頃は気がついたら朝食も昼食も食べてない…なんてことがよくありました。食べる余裕があるのは良きことかな。

さて、このところ金曜日の楽しみは「コウノドリ」を見ることです。今見てるドラマは朝ドラ「あさが来た」、木曜時代劇「ぼんくら2」、BS時代劇「子連れ信兵衛」、そして金曜ドラマ「コウノドリ」。時代劇好きなので、どうしてもNHK寄りになっちゃってますが。

それはさておき「コウノドリ」の話ですが。昨日の話は自然分娩(経膣分娩)にこだわる妊婦を中心とした話でした。どんなお産であっても産むことには変わりないのにどうしてそんなにこだわるのか?と疑問に思う向きもあるかと思いますが、親は何かしらこだわりがあって、それをセーブできないと暴走するものなんですよ。教育方針だって親のこだわりと無縁じゃないわけで。ある程度は仕方ないんですが、自分の教育方針に固執する親は違う教育方針を糾弾し、非難する。子供に「あそこの子とは遊んじゃいけません」と言い出したりする。子供の気持ちは無視してしまうんです。そうなってしまうと本当にそれは子供のためなのか?という話になる。

「危ないから」と石ころをどけてあげたい気持ちはどんな親でも持ってると思うのですが、親は子供より先に死ぬわけで、ずっと石ころをどけてあげることはできない。自分でどけたりよけて通ることを覚えないといけない。子供が幼いうちは親がいつもそばにいるのでいいのですが、小学生、中学生、高校生と成長していくと子供だけの世界ができあがる。いつまでも石ころをどけ続けることは不可能なのです。

つまり、親というものは子供が生まれたときから「どうやって親離れさせるか、子離れするか」を考えないといけないのではないでしょうか。出産方法にこだわったり母乳にこだわったりするのは、子離れできてないから。そんなに早くからそんなこと考えなくてはならないのか?いや、一度こだわりを達成してしまうと、どんどんこだわりを達成する欲求に歯止めがかからなくなるものです。常に親という視点を捨てて我が子を見守ること。それを意識していれば、案外子供との関係は上手くいくんじゃないかと思ってます。多少はこじれることがあっても、それは子供の成長の過程でよくあること。じっと見守っていれば親子関係は元に戻るものだと考えてます。