仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子供の声が消える日

連休の最終日ですが、あいにくの天気。まあ連休関係なく日々はすぎていくわけですが。社会人でカレンダー通りに休める人って一体どれぐらいいるんだろうと思うさっこさんですこんにちは。そういう私も今日は会合があって出かけてたわけで、やっと一息ついたところです。

さて、先週の土曜日に四男の小学校で閉校記念式典がありました。次男は「なんでこの時期に閉校記念式典をするんや。中高生はテスト直前やろうに」とぶつくさ言ってましたが、式典に出るぐらいでテストに影響あるんだったら問題ありすぎだろ。とまあそんな次男と一緒に式典の会場である小学校の体育館へ行ってきました。三男は「友達と自転車で行く」と言ったので。長男は仕事だから不参加です。

式典のメインは小学生達が小学校の思い出を各学年毎にまとめて発表することだったんですが、その後で卒業生からのお話がありました。卒業生と言っても戦時中に入学した方です。戦時中は疎開でやってきた子供達も加わったこともあり、1学年60名を越えるときもあったそうで。現在の全校児童数は50名を切ってるので、まるで別世界の話みたいです。

その方は小学校のすぐそばに自宅があるのですが「今までは休み時間になると子供達の賑やかな声が聞こえていた。子供は地域にいるのにその声が聞こえなくなるのは寂しい」とおっしゃっていて、本当にそうだよなあと。都会じゃあベビーカー論争みたいなのがあるみたいですが、こっちはそれどころの話じゃない。子供が消えてしまうんですよ。ベビーカー論争ができる都会が羨ましい限りです。そんなにたくさん子供がいるんだったら寄こせ状態ですよ、全く。

とは言っても長男が小学校に入学した頃は三桁いた児童がその半分以下に減ってしまったのでは閉校もやむなし。たった12年でこう児童が激減してはね。これから先増える見込みも全くないわけだし。若者が地域から減ってしまっては4人5人と子をもうけても焼け石に水です。老年化指数というものがありまして、老年人口÷年少人口×100で求めるんですが、我が市の老年化指数は1980年には75.0だったのが2010年には247.1に跳ね上がってるのです。若者が大挙して流入しない限り、ゆるやかにこの地域も死んでいくことでしょう。息子達はその死を見届けることになるやもしれません。それもまた時の流れでしょう。

寂しいけど、いつかは終わりがくるのです。小学校大好きだった三男は「寂しい」を連発していましたが、これも世の流れなのだよ、三男よ。国はそろそろ地方を見捨てて都市部に特化した政策を前面に押し出す時期にきてるのかもしれません。瀕死の老人を生きながらえさせるために金をつぎ込んでも、ほんのわずかしか延命できないのだから。