仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

ポリアモリーという性愛関係

本日は家を出たり入ったりでちょっとばたばたしていたさっこさんですこんにちは。この後も夕食の支度をして出かけなきゃならないんですけどね。一度のお出かけで用事を済ませたいところですが、なかなかそううまくいかないものですね。

さて、先日こちらの記事を拝読したのですが。

結婚よりも愛 私たちのカタチ - Yahoo!ニュース

この記事でポリアモリーに興味を持ったので、ちょっと調べてみました。最初に紹介した記事にはこう書かれてます。

大切な人だからこそ包み隠すことなく本心をみせたい、と考えるポリアモリストは少なくありません。複数の人を愛している(愛する可能性がある)「ありのままの自分」を受け入れてもらうことからこそできる信頼関係は、相手や自分の気持ちに嘘をついている状態でできる信頼関係とは違うものだと思います。

2人以上と同時に性愛関係を築く「ポリアモリー」とは? 浮気や不倫と異なる3つの理由:日経ウーマンオンライン【トレンド(ライフ)】

複数の人を同時に愛する、というとふしだらだと受け取る向きもあるかと思いますが、ふしだらとはほど遠い、人間関係に対する真摯さを感じます。包み隠さず本心を見せる、というのは非常に勇気が要ることです。誰しもが本心を吐露することで「嫌われたらどうしよう」「受け入れられなかったらどうしよう」という不安がつきまとうものです。それを乗り越えて受け入れてもらおうというのはなかなかできるものではありません。

最後に紹介したエントリーではこういう感想が書かれてますが。

決して快楽主義者というわけではない。恋愛について真剣に考え、新しい愛の形を模索する良識ある人々だ。愛に順位もつけないし嫉妬も嘘もなし、というのは求道的な精神だ。感動すら覚える。

ポリアモリー/複数同時恋愛について考えてみた - 蘇りの恋の映画監督石川真吾のブログ

求道的、まさしくそんな感じですね。

個人的にはポリアモリーには共感できる部分があります。自分の、相手の心の自由を尊重するという点においてです。私の場合は人はどうやっても完全にわかりあうことができない、だから相手のことを知ろうとはしないし自分のことを知ってもらう必要も無い、取り交わした約束事だけを守れば、後は自由にしていいというスタンスです。ですからポリアモリーの自分を、相手を知ることでお互いを受け入れるという考えとは違います。でもプロセスが異なるだけで、理想とする関係性は似てるかなと。

ただ、私のスタンスだとこういう問題があります。


相手への執着心、独占欲が全くないというのは個人に対して無関心というわけで、果たしてそれは本当に相手を大切にする行為なのか?どうも一般的には相手への関心が薄すぎると薄情だとか冷たいと思われてしまうらしい。そういうつもりはないんですけどね。関心がないのと無視はイコールではないし、相手を尊重する気持ちは本物です。それに関心を持つことで得られたものを人間関係に活かす術がわからないので、知る必要性を感じないだけなんですが。

となるとポリアモリーの理念は非常に理にかなってるのですが、真摯さを貫き通すためには自分自身を誤魔化せないので、よほどの覚悟がないと実践は難しい。ある程度本音を隠し、表面上の平穏を手にするほうが楽ですからね。1対1の関係を構築するモノガミーが一般化したのは、そのほうが関係維持に対する労力が少なくて済むからではないか。そんな風に思いました。