仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

我が子に感動を求める親達

祭りが近いということで、初めて若衆として祭りに参加する長男に「ちょっと聞いておきたいんやけど、地下足袋要らんの?」と尋ねたら「えっ、あれって準備してくれるんとちゃうの?」と言われてしまったさっこさんですこんにちは。足のサイズは皆ばらばらなんだから、サイズ聞かれない限り準備してくれるわけないだろ!夫が使ってた地下足袋が残ってるかなと探したら出てきたので履かせてみると「これでいけるわ」と言われたので洗って準備する所存。しかし私が声をかけなければどうしてたんだろう長男。スニーカーで参加するつもりだったのかしらん。

さて、さきほどこちらのまとめにざっと目を通したんですが。子供の達成感はさておき、組体操にせよソーランにせよ、我が子の頑張ってる姿を見て親が感動したがってるのには変わりないんですよね。幼い頃からずっと。私も感動とは無縁じゃないです。幼稚園の卒園式では卒園児達が歌う声や、受け取った卒園証書を私に私ながら「今までありがとうございます」と言う我が子に涙してたし。

我が子の成長に感動して何が悪い、と言われそうですが、感動するなら自分の成長に感動しろよと思う自分がいるのも確かです。子供の成長だけで満足してたら子供が独立した後、何の成長に感動するんだ?ああ、孫か…だから孫はまだかと言う人が多いんだな。特に乳幼児の頃は次々とできるようになることが増えていくので、感動の大安売りです。でも大きくなってくるとなかなか成長を実感する機会がなくて、体育祭のような行事に我が子の成長を実感し、感動を求めるのかもしれないなあ。

まあ子供が4人もいる我が家では、中3の三男の組体操を眺めながら「やっと来年度からしばらく中学校とおさらばできる!」とホッとする気持ちのほうが強かったですが。そもそも組体操って我が子がどこにいるかよくわからない。全員同じ体操服を着てるし、移動しまくるからちょっと目を離すとどこへ行ったかさっぱり。その点はソーランのほうが我が子を見つけやすいから流行りそうなもんですけどね。前にも書いたけど、三男の中学校では女子がソーランを踊りますが、全員自分で刺繍を施したはっぴをきますからね。我が子を識別しやすいんだよなあ。組体操は関西発祥というツイートを見かけた気がするけど、なんで普及したんだろ。いや、全くしない地域もあるみたいですけどね。