仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

何故組体操から巨大ピラミッドがなくならないのか考えてみた

どうも最近「産経新聞」を「虚構新聞」に空目することが多いさっこさんですこんにちは。なんでなのか自分でもよくわからない。「産」と「虚」の雰囲気が似てると言えば似てるけど。年か?年のせいなのか?まあすぐ空目だと気づくので実害はないんですけどね。

さて、まーた組体操の話題が出てきたなあと思ったらこれが原因らしい。私は見てないんですけど、どうやら動画もあがってるらしい。探してまで見るほど物好きじゃないので探さないけど。しかし危険だとかやりたくないとかいう言葉が多いのに、なんで組体操で巨大ピラミッドをやらせる学校がなくならないんだろ。世の中には一度も組体操をしたことも見たこともない人もいるんですけどね。地域性があるのか?

で、色々考えてみたんですが、ひょっとして祭りの代替品として巨大ピラミッドが続いてるんじゃないかなあと。というのも今朝NHKのニュース枠で地方から祭りが次々消えていくという話題を取りあげてたんですね。少子化だし今の子は放課後も塾や習いごとで忙しい。若者も次々都会に出て行って祭りの主軸を担う層がいない、そもそも戸数が減ってしまい、祭りを維持するだけのお金を集めることができない…など色々理由があると思います。そして祭りが消えてしまった地域では皆が集まることがなくなって、住民が顔を合わせる機会がなくなった、とも。

まあそんなめんどくさいもんなくなって正解!とおっしゃる向きもあろうかと思いますが、私は地域の人達がすんなり交流出来る場として祭りにはそれなりの効能があると思うんですね。老若男女関係なく盛り上がれるし協力し合えるという機会はなかなかないですからね。若衆に手ほどきを受けた子供達が大人になって若衆となり、次世代の子供達に手ほどきをする…というように若者と子供達の繋がりを持てる場も提供してるし。大変は大変ですが、親の目から見てもメリットはとてもあるんですよ。

で、男子中高生って祭り大好きな子が多いんですよね。地元だけじゃなく、友達の地域の祭りにもついて歩くような子がいっぱいいます。大人も祭りになると地元に帰ってきて参加するような人がいます。皆が日常から解放される場でもあるのかなあと。ぶっちゃけ私は子供が祭りに参加するとなると若衆や子供達の食事の支度があるので大変なんで憂鬱な気持ちになるんですが、それでも子供達が楽しんでる姿を見るのは嬉しいので嫌とは言えないんですよね。そのお祭りの役割を巨大ピラミッドが受け継いだんじゃないかなという仮説です。学校の行事としてやってくれると大人(保護者)は維持するお金も労力も要りません。学校にお任せで親同士の交流もできる。楽してわっしょい!なわけですよ。

今でこそ祭りの担い手が少なくなって土日に合わせて祭りをする地域が増えましたが、昔は日にちが決まっていて、平日に祭りが行われることも少なくなかった。じゃあ学校は?という話ですが、学校は休校、ほとんどの会社は臨時休業だぜわっしょい!だったのですよ。まあうちの地域は自治会によって祀ってる神社が違うこともあって学校が休校になることはありませんでしたが、祭りで子供が休んでも欠席扱いにはならなかったんですよねこれが。学校や仕事より祭りだわっしょい!そんな感じですよ。

というわけで、祭りの代わりに運動会が派手になっていったのではないかなあと。まあ大人はそれでいいかもわからないけど、子供はたまったもんじゃありませんね。自分達は全然楽しめないやーん。子供も楽しめる祭りを派手にしようぜわっしょい!金はかかるけどね!たとえば夫の出身地の祭りですが。

豊浜町は人口一万たらずの町で27の自治会があり、23台の「ちょうさ」を保有しています。一台新調すると5000~6000万円もする「ちょうさ」を各自治会が保有している訳ですが戸数の少ない自治会で20戸、一番多い自治会で400戸余りしかなく、新調や修繕をするにしても、各自治会でお金を出し合い財産を守っています。

豊浜ちょうさ祭の用語集

まあこれ聞いたときは金額にめまいがしましたね。うちの地域は獅子舞で良かった…獅子や太鼓の新調をしても、さすがに何千万もは必要無いですからね。