仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

大人になるということ

三男を塾からサルベージして帰宅したところのさっこさんですこんにちは。もうこれで塾の夏期講習は終わりだ!しかし夏休みの宿題はまだ残ってるぞ三男よ。中学校生活最後の夏休み、悔いの無いように過ごしたまえ。

さて、次男も夏休みに突入してなんやかんやと忙しい合間にこちらのエントリーを読ませていただきました。私は小学生の頃から「結婚しない、もちろん子供なんて要らない」と強く思ってました。だから結婚の影がちらつくのを嫌って20歳をすぎる頃から特定の男性と親密になろうとは全く思わなかったし、少しでも妊娠する可能性を排除したくてセックスもしようと思いませんでした。それが今では結婚して4児の母です。しかも絶対なりたくないと思ってた専業主婦になってるし。他人から見るとなんて極端な人なんだろうと思われるでしょう。自分でもそう思うし。でも夫と出会って結婚すると決めたとき、今までの意思は全部吹っ飛んで新しい意思…この人と安らげる家庭を築こう、そのためならなんでもやると強く思ったのです。絶対値を保ったままの方向転換。そこに迷いは全くありませんでした。

枝葉末節はともかく、人生の根幹に関わることについてはきちんと決めておかないと気がすまない性格がこうさせたのかもしれません。何もかも自分では決められなくて、それでいて現状に愚痴ばかりこぼしていた実母。あんな愚痴だらけの、しかも自分ができなかったことを子供に託して満足感を得ようとするなんて人生を送るのは絶対嫌だと心に誓った。他人の生き方なんぞ私には全く眼中にありませんでした。他人は他人であって私ではないのだから、その生き方は参考にもならないし。細かいところで「こうしておけば良かったかな」というのはありますが、結婚して子供を産んだことについては全く後悔してないです。もし、夫と出会うこともなく今でも独身であったとしても、同じことを思うのではないかな。

実父が昔「産まれる時期も死ぬ時期も運命で決まっている」と言ったことがありますが、運命に逆らえないのなら、その中でこれと思い定めた道を見つけるのが人生なのかもしれません。なんとなくですが、その人生の荒波にこぎ出す決意が彼女にはまだできてないように思いました。でもいずれは何かを選択しなければならない。そして人は大人になるのではないでしょうか。彼女の大人としての人生に幸あらんことを。