仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

可愛いという記号とオタク

明日から次男は夏休み。というわけで先ほど迎えに行って帰って来たばかりのさっこさんですこんにちは。でも先週今日は8時間授業だときいてたんだけどな。突然「授業が午前中だけになったから迎えに来て」とLINEでメッセージきたときはびっくりしたよ。高専って基本的に研究のついでに授業受け持ってる人達ばかりだから先生自体が授業を適当に短縮したり架空の授業を作って授業をやったことにすることもあるらしい。自分のやりたいこと優先なわけね。適当すぎるよ高専。

さて、話はがらっと変わりますが。数日前から私のTLで話題になってるこの記事。ブコメがなかなか味わい深いのですが、そんな中、Twitterでこんな会話をしておりました。言いたいことは大体まとめの中で言っちゃってるんですが、なんでオタクはキモいと思われるのか、わかったような気がしました。オタクは自分達がキモいと見られることについては非常に気にしてるのに自分達のどこがキモいと思われてるかについてはかなり無頓着なところがあって、その原因はあまり他人を知ろうとしないところにあるのではないかと。

大体が実際に海女さんから異論が出てるのに、それを考慮せずにああだこうだ言ってるのはどういうことなのかって話ですよ。萌えキャラ自体は否定しないけど、本人が嫌だと言えば嫌なのです。「嫌よ嫌よも好きのうち」だと思ってる?そりゃあセクハラオヤジの論理ですな…。自分にとって都合のいい解釈しかしない人達のことを「キモい」もしくは「怖い」と思うのは自然な感情だと思いますよ。また、今回の萌えキャラを否定したからと言ってオタクそのもの、そしてオタクである自分を否定されてると捉えてしまってるところがあるのも気になります。それとこれとは話が別でしょう。私も何人か好きな俳優がいますが、彼らが出演してるドラマ全てが素晴らしいなんて全然思いませんよ。それと同じことだと思うのだけど。

そんなことを考えながら、思い出したのがこちらのエントリーです。海女さん萌えキャラの件と、このエントリーに書かれていることはリンクするのではないかと。ひょっとしたらオタクと呼ばれる人達は可愛いという記号を通してしか女性を見られないのかもしれないと。つまりは女性そのものには関心がなくて、可愛いという記号だけに関心があるのではないかと。だとすると腑に落ちるものがあります。「可愛い女性が好き」という嗜好自体は他人がどうこういう問題じゃないですが、その記号を一々貼り付けないと女性を認識できない、そういうところが問題なのではないか。それって女性本人を全く見てないってことですからね。確かにそのほうが楽だけど、記号化される女性はたまったもんじゃないのです。だからオタクは避けられるのではないかという仮説。

迫害してきたのは女性のほうじゃないか!とおっしゃるむきもあろうかと思いますが、お互いに相手を知ろうとしなければ、永遠に溝は埋まりそうにない。相手を断罪するのではなく、知ろうとする努力から始めなければならないのかなあと思います。オタクも女性も。