仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

「わたしのいもうと」と自尊感情

今日は午前中、小学校の参観に行ってきました。全校児童が50名にも満たない学校なので、参観と言っても学校内は静かなもので、人数が多くて親がくっちゃべってる中学校とはえらい違いだなといつも思うさっこさんですこんにちは。人数が少ないと、おしゃべりしてると目立っちゃいますからね。そうでなくても校長先生が各教室を巡回するので。

さて、その参観の後に保護者向けの人権講話がありました。元小学校の校長で今は育児支援関係のボランティアをされている女性が講師でした。その講話の中で松谷みよ子さんの絵本、「わたしのいもうと」を朗読してくださいました。

わたしのいもうと (新編・絵本平和のために)

わたしのいもうと (新編・絵本平和のために)

全文はこちらで読めます。

わたしの妹(松谷みよ子著)全文

同級生から拒絶されてしまった結果、生きる気力を失って死んでいく女の子の話。救いはどこにもありません。絵本を見てもらえばわかりますが、女の子は決して顔を見せてくれません。そのことから彼女は自尊感情(自己肯定感)を失ってしまったことが伺えます。

自尊感情と人権は切っても切り離せないものです。というのも自分自身を受け入れられなければ、他者と助け合ったり認めあったりすることができないからです。差別というのも大元は自分自身を認められないが故に何かにすがらなくては生きていけなくなり、そのすがってるものと相反するものを排除しようとする心が起こしてるものと言えます。

ではどうすれば自尊感情が育つのか。

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周囲の大人達がきちんと自尊感情を持って行動し、その姿を子供に見せることが大事になるわけです。発達段階別の育ちについてはこちらの表が参考になるでしょう。

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ちょっと誤字っちゃってるけど、要は「耕されていない大地に種を蒔いても、力強い苗は育たない」というところが重要なんですよ。幼い頃にしっかり周囲の大人達と信頼関係を結び、失敗を何度か繰り返しながら達成感を得ていく。これによって自尊感情が育つのですが、周囲の誰とも信頼関係を結べなかったら。目標を達成しても褒めてくれたり認めてくれる人がいないわけですから、何をやっても達成感がなく無気力になるか、自分を認めてもらおうと躍起になるあまり攻撃的になってしまう、というところでしょうか。

失敗も大事な経験です。失敗があるからこそ達成したときの喜びも大きいし自信もつくわけで、これがないまま大きくなると失敗を経験したときに立ち直れなくなる。講師の方が率直に話してくださったのですが、息子さんが大学生のときに勉学に行き詰まり、そこから何年か引きこもりになってしまうという事態になったそうです。「幼い頃なら立ち直りも早いけど、ここまで大きくなってしまうと立ち直るまでに何年もかかってしまう。幼いうちに失敗を経験させるのは大事です」と。

なんでも要領よくこなしてしまう子は、つい親も子供のやるがままに任せてしまいがちで褒めることもなくなってきますが、その結果、自尊感情がしっかり育たなかったわけですね。「出来の悪い子ほど可愛い」と言いますが、出来が悪いと親も積極的にかかわるので意外と信頼関係をきちんと結べるんですが、要領の良い子は親が放任気味になるので信頼関係が結べてないというわけです。だから躓いてしまうとどうしていいかわからなくなって自分自身を否定してしまう。周囲に頼っていいのだ、というのがわからないからです。

では「わたしのいもうと」に立ち返りますが。彼女は自尊感情を粉々に打ち砕かれて生きる気力を失ってしまったのでしょう。あまりにもそれがひどくて、自尊感情を取り戻すことができなかった。講師の方はおっしゃいます。「自尊感情は自分自身で磨くものです。親(周囲)が磨こうとすると壊れてしまう」と。しかしそれは蒔いた種が芽を出してある程度育ってる段階の話で、その育ちつつある自尊感情を根こそぎ刈られてしまうと、種蒔きの段階から始めなくてはなりません。ところが彼女は周囲を信じられなくなってしまい、蒔いた種が再び芽を出すことはなかった。

「わたしのいもうと」で語られているいじめは、どこにでもあることです。実際、私も似たようないじめを受けました。だからこそ、大人達がいじめをいち早く察知して小さな芽のうちに摘んでしまうことが大事なのだと思います。そうしないと取り返しのつかないことになるかもしれない。それは大人達の責任であり、いじめの加害者である子達に全ての責任を押しつけることだけはないようにしたいものです。