仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子育ては啐啄同時

昼から曇ったかと思うと雷がゴロゴロ言い出して雨が降ってきたんですが、1時間ほどすると雨があがって再び晴れてきたので蒸し暑くなってしまいました。朝の清々しい空気はどこへ行った。まあずっと雨が降るよりはいいんだけど暑いのはかなわないなあと思うさっこさんですこんにちは。暑くなると食欲減退するので体力が持たなくなるのよ。長男は工場勤務ですが、先輩から「11月頃まで工場内は暑いから覚悟しろ」と言われてるらしい。元々痩せてる長男、干からびるんじゃなかろうか…。

さて、昨日のことですがこんなツイートをしました。

ツイートに含まれている「啐啄同時」という言葉ですが、こういう意味がある熟語です。

禅で,機が熟して悟りを開こうとしている弟子に師がすかさず教示を与えて悟りの境地に導くこと。

啐啄同時とは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

「啐」は孵ろうとする雛が卵の内側から殻をつつくこと、「啄」は母鳥が外側からつつくことを言います。雛がまだ殻をつついてないのに母鳥がつついて殻を割ってしまうと雛が小さすぎて死んでしまうし、逆に雛がつついているのに母鳥がつつかないと殻を割るのに時間がかかりすぎて雛が疲弊してしまいます。つまり物事を教えるにはタイミングが重要というわけですね。

ツイートにもあるように、子育てにおいてそのタイミングを計るのは非常に難しい。よくよく我が子を観察してないと折角の機を逃してしまうからです。逆に周囲の子はもうできるからと焦って教えようとしても本人の準備が整ってなければ覚えられないのでますます焦る気持ちが募るばかりになってしまう。

子供が求めるものがなんなのか、また今は新しいことを教えていい時期なのか。常に手探りでやってきました。そして過ぎ去ってから後悔することも多々ありました。後からでも気づけばフォローしたり「あの時はごめん」と謝るようにはしてますが、気づいてない場合もあるかもしれません。だからいつだって心の奥に不安がこびりついてます。「本当にこれでいいのだろうか?」と。

しかし立ち止まることは許されません。子供は日々成長するから、親は必死でそれについていかなければならない。ついていくのが精一杯な母ちゃんでごめんねと思いながらここまでやってきました。長男は「母さんはいい加減だから」と言うけど、本当にその通りだわ。自分の目の節穴さ加減に嫌になることもあります。

でも母親になって19年目、少しは我が子を俯瞰的に見るだけの余裕がでてきたように思います。上の子達が幼い頃は声を荒げて叱ることもあったけど、四男に対してはそういう叱り方をすることはほとんどありません。息子達が成長したのもあるでしょうけど、あの頃より肩の力が抜けたのもあると思います。

「周囲に迷惑をかけないように育てないと」とかなり気を張ってたんですよね、昔は。今はそういう無駄な気負いがなくなって、周囲に自然と頼れるようになりました。その結果、息子達の観察に注力できるようになったというわけです。「周囲に迷惑をかけない子育て」をしようとすると子供ではなく周囲の反応ばかり気にすることになる。すると肝心の我が子を観察することができなくなる。つまりあの頃の私は息子達のことをあまりきちんと見てなかった。見てないから息子達のことをきちんと把握できなくてトンチンカンな対応をしてしまい、ますます焦りが募っていたのでしょう。最初から上手に周囲を巻き込んでいたらよかったんですよね。

というわけで、殻をつつくタイミングを計るためには周囲のサポートがどうしても必要になります。今はサポートしてもらう立場ですが、息子達から完全に手が離れたら、今度はサポートする側に回って親御さんがじっくり我が子を観察する時間を確保してあげられたらいいなあと思ってます。