仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子供の全てを受け止めるのは母親でなくてはならないのか

この前の土曜日、長男と次男が母の日のプレゼントを贈ってくれました。

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まさかプレゼントを贈ってくれるとは思ってもいなかったんですが、ふたりが一緒に出かけたときに末の義姉宅に寄ってたんですよね。そこで「そう言えば明日は母の日ね」と言われて買いに行くことを決めたらしい。そんなことだろうと思ったよ…となんとも言えない気持ちになったさっこさんですこんにちは。大体、長男が母の日を覚えてるわけないか。そういうイベントには全く興味ない子だし。次男は次男で覚えていたとしてもつい先日部活の歓迎会でお金使ってるから手持ちがほとんどないはずだしね。ま、元気でいてくれたらそれが一番の親孝行なんだけど。

さて、そんな母の日に読んだのがこちらの記事でした。そしてその後読んだのがこちらの記事。

先日書いたブログ
土岐山の発信対象者は 不特定多数ではなく


「①収入が十二分にある旦那様に養われておられる専業主婦の方で
②未就学児のお子さんを持ち
③イベント講師として、イベントを自ら企画し
④そのイベント開催のために旦那様を家に一人置いて未就学児の子どもを連れまわして外泊させる母親」


だということは
ちゃんと「受信」していたら理解が可能なはずです

批判を恐れて言いたいことを言わないのは、自分自身を含む「人間」を信用していないから|愛情料理研究家 土岐山協子の 『料理はしないんだけど料理研究家のブログ』

本当にそれだけのことを伝えたかったのであれば、最初の記事にある彼女とその母親とのエピソードや授かれない女性を代表しての命がけで産んだ大切な命じゃないのかという言葉は全く必要なかったはずです。正直、こういう余計なことを書いてるから誤読されてるとしか思えないし。伝えたい内容の是非は置いとくとしてもです。恐らく特定の誰かと嫌なことがあってそれを書き殴ってるんでしょうけど、それならそれで母親全般に話を広げることもなかったろうに。

それはさておき。最初の記事を読んで感じたのは、彼女は幼い頃、母親の愛情に飢えてたんだろうなということです。母親の気を惹くために盗みまでするんですからね。一体どういう家庭だったのかは彼女を知ってるわけじゃないので何もわかりません。しかし彼女が強引な方法で自分の望む母親を手にすることができたのだけは確かです。彼女は母親を屈服させるのに成功したわけです。そして世の母親達は子供のために自分の全てを投げ出すのが当たり前だと思い込んでしまったのでしょう。お互いに相手の気持ちを尊重しよう、という気持ちは一切なさそうです。

まあこれが小学生ならば親なんて自分のためになんでもしてくれる存在と思っていても珍しいことじゃないでしょう。でも大人になってからもそう思ってるらしいことには驚きです。ということは、まだ彼女の心は母親の愛情を独占しようともがいているのでしょうか。何が彼女をそこまでして母親に執着させるのでしょうか。非常に興味深い。ひょっとしたら彼女の父親がそんな風に彼女をさせてしまったのかもしれません。読んだ限りでは父親は彼女を諭すどころか母親が講師になることをやめさせてしまったようですし。彼女の母親は娘というより夫に屈服してしまったのかもしれません。娘と引き離されるのが怖くて。

幸い、夫はそういう考えの持ち主じゃないし、息子達は幼い頃から義姉宅へ泊まりに行ったり遊びに連れて行ってもらったりと比較的多くの人達に愛情を注いでもらいながら育ちました。しかしもし夫が彼女の父親のような人だったら。ひょっとして彼女のように育ててしまってるのだろうか。そう考えると怖くなってきました。母親だけに愛情を求めるような子供にしてしまってはダメだ。母親だって人間ですから、どんな理由で命を落とすかわかりやしない。そのときに残された子が母親だけに全てを求める子だったとしたら…心が壊れてしまうかもしれない。そんな子にはしたくない。母親が子供の全てを受け止めてはいけない。受け止める先を他にもたくさん作ってあげないといけない。それが私の考えです。