仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子育ての孤独は会話で解消できる

今朝、夫が「兄貴(義兄)のところへ持って行くおかず作って」と言ってくるのでどうしたのかと思ったら、なんと義兄の奥さん、腰骨にひびが入ったそうです。椅子から落ちて打ったらしい。義兄の奥さんは夫と同い年なんで55歳。その年で腰打っただけで骨にひびが入るの!?と思ったけど、よく考えたら最初に勤めてた会社でも50代の女性社員がバイクから降りるときに足すべらせて尻餅ついたときに尾てい骨にひび入ったことあったわ…。私も気をつけないとヤバイと思ったさっこさんですこんにちは。年には勝てないよね、どんなに若いつもりでいても。ちなみに今は義兄が家事一切やってるらしい。ま、姪達は家に普段いないし(県外の大学行ってたりで)家事といっても二人分だけど、何もかもひとりでやるのは大変だよなあ。通院の付き添いもあるし。

さて、そんな中ちらちらTwitter眺めてたら、育児クラスタをかけぬけていたツイートがこちら。

2女児殺害とはこの事件のことですね。

個人的には「育児はしんどい、でも子供と接するのは楽しい」「育児はしんどい、子供も可愛く思えない」との間を行ったりきたりだったんですがそれは置いといて。子供を投げ出したくなる気持ちというのは大体がにっちもさっちもいかないぐらい精神的に追いつめられてるのに誰にも助けを求められないときに発動されると思うんですよね。「助けを求めたらいいじゃん」とお思いの方もいらっしゃるでしょうけど、まあそれができる人だったら子供を投げ出したいとは思わないわけで。では周囲が子育てを助けてあげるしかない?

しかし普段きちんと子供の面倒を見ていたら外からはなかなか追いつめられているとわからないので厄介なんですなこれが。地雷がどこにあるのか他人にはさっぱりわからないので困る。となると問題なさそうでも積極的に助力するしかないんですが、これがまた「そんなに私は頼りない親と思われてるのか」と落ちこむ人もいるのでなんとも匙加減が難しいのです。

となると最後の砦は会話です。自分が母親になってわかったんですが、子供がまだ生まれて間がない頃は外出も必要最低限しかできないので、大人と会話する機会が出産前と比べるとがくんと少なくなるんですよ。これがいけない。話し相手が減ると思考は内へ内へと向かってしまうので、どうしても悪いほうに想像がいっちゃうわけです。

つまりどんなたわいない会話でもいいので、継続的に誰かと会話する機会を増やす。これでちょっとは息継ぎができると思うんですね。私の場合は夫以外にも義母が定期的に電話をかけてきてくれたり、義姉達が差し入れをもってきてくれてそのときに会話を交わしたりという機会があったので子供を投げだそうとまで思うことはなくなんとかなりました。さすが人生の先輩、私の心理状態をよくわかってらっしゃる。人間、完全なる孤独には耐えられないってことなんでしょうね。子供と一緒じゃない、といっても乳幼児と満足に会話できるわけじゃないですから。

というわけで、出産前に会話できる相手を複数自分の周囲に配置しておくのって大事なのかなあと。ひょっとしたら煩わしいと思う人もいるかもしれませんが、少なくとも私は会話することで救われたので。夫にも存分に話し相手になってもらいましたよ。もちろんセックスも大事。ええ、本当に大事ですよ。セックスは体と体の会話ですから(真顔)