仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

「みんな仲良く」も「嫌いな子と仲良くしなくてもいい」もいじめを助長する

朝から次男を寮まで迎えに行き、三男を部活の試合会場まで送り、帰宅して洗濯物の山と格闘してやっとくつろごうとしたら来客があったりで午前中なかなか寛げなかったさっこさんですこんにちは。本当にね、日曜日が一番忙しいってどういうことなんだよ…。で、今は夫が三男以外の息子達を引き連れて出かけてるのでぼっちだぜ!というか、長男はついて行く気なかったのに夫から「お菓子買ってやる」と言われたらついて行っちゃったよ!お前は小学生か!お菓子で釣れる高校生って…。

さて、そんな小学生並みに釣りやすい長男が以前こんなことを言いましてな。長男はあけすけに本音を語ってくれるので大変ありがたいです。

で、正直こうなるのは当たり前だよなあと思うのですよ。「みんな仲良く」と幼い頃に言われ続けたらどうなるかっていいますとね。「みんな仲良くしなくてはいけないんだから自分と仲良くしないやつは悪いやつだ」ということになるんですよ。そして大体悪いやつはいじめられるのです。「あいつさえいなかったらクラスの雰囲気が良くなるのに」という感じで。直接いじめに加担しない子も「いじめられても仕方ないね」という目で見てる。「みんな仲良く」の効果がこれですわよ、奥様。じゃあ「嫌いな子とは仲良くしなくてもいい」と言えばどうなるかといいますと、やっぱり同じ状況に陥るでしょうね。「嫌いなやつはいじめてもいい」という子が必ず出てきます。どちらもそれだけ教えても意味がないんですよ。

社会に出たら、どんなに嫌いな相手とでも協力し合わなければならないときが必ず出てきます。そのためにはどうすればいいかと言うと、一定のルールを作ってそれに皆が従わなければなりません。私はド田舎に住んでるので自治会で河川清掃や火事に遭った家の後片付け、葬儀の手伝いなど、いろいろなことに参加するんですが、普段とても仲が悪い人同士でも、こういうときはちゃんと協力し合うんですよ。これは本当にすごいなあと感心してます。人間、こうでなくっちゃならない。皆が円滑に生活するためにルールとは必要なのですよ。その決められたルールに従うことを教えるのがまず第一じゃないのかなと。

次に仲良くする気はなくても相手を理解しようとする姿勢は大事だということです。大体いじめって「理解できないやつを排除する」というのが多いと思うんですよね。これはある程度仕方ないことです。理解できない相手というのは「気味が悪い」「怖い」存在ですから。しかし理解しようとすることでその気味悪さが和らいで少しは相手を認めることに繋がるんじゃないかと。

まだ三男が小学生だったとき、全校児童が集まった参観がありまして。好きな食べ物が同じ子でグループを作って「好きな理由」をそれぞれ出し合い、代表の子がとりまとめて発表するということを行いました。普段接点のあまりない学年が違う子にも「好きな食べ物」が一緒の子がいるんだという連帯感。「好きな理由」を出し合うことで同じ好きでも理由が違うんだという発見。そして理由をそれぞれが発表することで「私は嫌いだけど、好きな人はこんな理由で好きなんだ」という理解。こういうことを繰り返し繰り返し行うことで相手を理解することの大切さが身につくんじゃないでしょうか。それがいじめを少しでも減らすことに繋がるんじゃないかと思ってます。