仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子育ての苦しさから解放されつつある話

先ほど、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「僕が星になるまえに」がCSで放送されてたので見ました。なんか不思議な映画だった…。ベネさんとその友人達が29歳という年齢設定なんですが、それにしてはこの言動はあり得ない!と思いつつも、こんな29歳がいてもいいよねとも思ってしまうという。リアルなようでファンタジー、ファンタジーのようでリアル。そんな映画。あ、ベネさんは我が儘なお姫様みたいでした。マジでお姫様抱っこされてるし。なんなん。好みは分かれるだろうけど個人的には観て良かったと思ったさっこさんですこんにちは。映画館にはなかなか行けないので、CSは貴重な映画鑑賞欲充填アイテムです。いやー、多チャンネル時代っていいですね。

さて、我が家の息子達も大きくなり、長男はもうすぐ社会人、四男も春には小4になります。彼らが幼い頃よりは叱ることも少なくなり、精神的には余裕が出てきたと思います。しかし、心の中に溜まってる澱がありました。

それはまだ母親としてどう息子達に接していいのか模索中だった遠い昔の話。思い通りにならないイライラを幼い息子達相手に爆発させてしまったり、ひどく叱ってしまったりしていたあの頃。自分でもひどい母親だと自己嫌悪に陥っていた記憶。それがまだ消化しきれず心の中にわだかまっていたんですね。しかし最近になってそのわだかまり、苦しさから解放されつつあります。

というのも、長男や次男が昔のことをよく話すようになったんですよね。「あのときこんな風に怒られたけど、腹が立って母さんなんていなくなればいいと思った」などと語ってくれるんですよ。それに対して私は「あの頃はまだ弟達が小さくて手がかかったから母ちゃんも余裕がなくてごめんね」と謝る。「いいよいいよ、母さんも大変だったのはわかるから」と許してくれる。そんなやり取り。

また、私が「お前が小さかった頃はちょっと目を離すと行方知れずになるし、手を繋いでいてもふりほどいて走り出すし大変だったわ」と語ると「それは俺でも腹が立つわ-。ごめんな」「小さかったんだし子供ってそんなもんやから」と会話が続く。

こうやって苦しかった頃の話を親子がお互いにできるようになって、ようやくあの頃の苦しさから解放されたような気がするのですよ。どんなに周囲が支えてくれても「本当にこれで良かったんだろうか?」という気持ちは少しずつ、少しずつ心の中に溜まっていく。でもそれを我が子本人に語ることによって浄化されていくんですよね。子育ての苦しみは子供と接することでもたらされるけど、その苦しみから解放してくれるのも子供なんだなとしみじみ思います。

こうして率直に語り合える親子関係になれたことを感謝しつつ。本当にこんなしょうもない母親だけど、息子達と一緒に過ごせて良かった。後数年もしたら一緒に暮らすことはなくなるかもしれないけど、それでも語り合えるだけの時間を一緒に過ごせて良かった。本当にありがとう。やっと本当の親子になれたような気がするよ。これが子育ての終わりの始まりなのかもしれないなあとぼんやり思いながら、一緒に暮らせるありがたみをかみしめるさっこさんでした。

まだ幼いお子さんを育ててる親御さん達もいずれこんなときがやってくる。その幸せな時を楽しみに待っていてください。