仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

「大変ね」という言葉の真意

今日は朝次男を高専の寮まで迎えに行ったんですが、いつもならそんなに高専に入っていく車なんてないのに、今日は次々入っていってる…?と思ったら、推薦入試の日でした。推薦入試は面接のみなんですよね。まあ高校の自己推薦入試もそうなんですが。面接だけってかえって緊張するだろうなあとは思うけど、受験生頑張れよと思ったさっこさんですこんにちは。仮にダメでも一般入試も受けられるんだからかるーい気持ちで、ね。

さて、昨日のエントリーでもちらっと書いたんですが、息子達が幼い頃、私1人で全員引き連れて外出するとじろじろと見られることが多かったです。4人兄弟でもそんなにいない上に、全員男の子ですからね。そりゃ目立つよなあと思うので、それ自体はなんとも思ってませんでした。

でもですね、たまに「あら、お母さん大変ね」という言葉をかけてくる人がいまして、これが私にとってはなんとももやもやする言葉でした。何故って「大変ね」と言うのに別に助けてくれるわけでもないんですよね。助ける気もないのに「大変ね」と声をかけてくる真意がわからない。

「大変ね」と言われて喜ぶとでも?「普通に振る舞ってるつもりだけど大変に見えるんだ…」と落ちこむのが関の山です。まだ「頑張ってるね」のほうが褒め要素があるだけマシですよ。考えられるのは、自分はあれよりずっとマシだと安心してるのか、「育てられもしないのにぼこぼこ子供産んでバカじゃないの」と笑いものにしてるか。それぐらいしか思いつかないです。さて、一体どういう意味で発せられた言葉なんでしょうね。

あ、助けてくれる人はまず「大変ね」なんて言葉かけはしてこなかったです。代わりに買い物したものを「袋に詰めましょうか?」と言ってくれたり、息子達の話し相手をしてくれたり。場合によってはお気持ちだけ受け取るときもありましたが、本当にありがたいことだったので感謝の気持ちは伝えてました。それだけ気にかけてくださってるってことですからね。

そんなことを考えてるときに読んだのがこちらの記事です。

この記事を読んで、なんとなく「大変ね」と声をかけてくる人は、私達親子を動物園にいる動物を見るような目線で見ていたのかなと思い当たりました。自分とは別の生き物だから、自分が発してる言葉を相手がどう受け止めるかなんて全く考えてないだけなんじゃないかと。まあ通りすがりですしね。そう考えると得心がいきました。子沢山家族の番組が一時期流行りましたが、あれもそんな感覚で見てる人が多かったのかな。だから文句言いながらも見る人が多かったんだろうと推察されます。ま、それならそれで周囲を楽しませるような動物に徹しようと思うさっこさんでした。