仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

孤独は自らが作り出すもの

今朝チェックしたらこんなブコメをいただいてたんですが。

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気になるっちゃ気になるけど、多分それは男性の方が気にしていること。もしくは無意識に使い分けてるところな気がする

2014/12/04 08:59

一体何に対してのブコメかわからなくてですね…。私のブクマページに対してのブコメにしてはおかしい。30分ぐらい悩んでようやく昨日書いたこのエントリーに対してのブコメなのかな?と思い当たりました。

というわけでid:ryo1980さん、私の予想が間違ってたら連絡くださいね。という業務連絡にもブログを使ってしまうさっこさんですこんにちは。他に連絡する手段を思いつかなかったので…すみません。

さて、最近読むスピードががた落ちしてあまり新規開拓してまで小説を読まなくなったんですが、ただいま「しゃばけ」シリーズをちょろちょろと読んでます。今更!?と言われそうですが。今読んでるのは4冊目の「おまけのこ」です。

おまけのこ (新潮文庫)

おまけのこ (新潮文庫)

こういう短編の連作ものだと、一気に一話分読んでしまえるので楽なんですよね。一気読みしないと気がすまない性分なので、読むスピードが落ちたらこういう作品に手を出さざるを得ないってうか…。年は取りたくないものですねぇ。

それはさておき。この小説の一番最初に登場するお話「こわい」を読んでの雑感を書こうかと思います。

このお話に登場する狐者異(こわい)という妖怪は妖怪にすら嫌われ恐れられてます。最初はその理由がわからないのですが、読み進めるうちに次第にわかってきます。仁吉は狐者異のことを「妄念と執着の塊」と表現しますが、まさにその通りの妖怪なんですよね。

狐者異は自分を受け入れてくれる者をずっと探し求めているのでしょう。しかし彼の望む「受け入れてくれる者」は自分の気持ち全てを肯定して受け入れてくれる者、という意味なんですよね。少しでも助言をしようとすると「なんだい、優しいような口をきくと思ったのに、お前も嫌な奴なのか!」と相手を拒絶してしまいます。

あまりにも孤独が長かったが故にここまで拗らせてしまったのか、それとも元々の性なのか。それはわかりませんが、少なくとも自分の気持ち全てを肯定して受け入れてくれる者なんてこの世に存在するとは思えません。つまり狐者異は永遠に孤独なまま生きなければならないのです。恐らく今までも手をさしのべてくれる者はいたのでしょうが、それをずっと振り払って彼自身が孤独を選択していたのでしょう。

ずっと拒絶され続けて頑なになった彼は、少しでも拒絶されたと思ってしまうと(実際は拒絶ではないのだけど)それだけで絶望してしまう。ありがちなことです。でも我が身を振り返ってみて、己は誰かの何もかもを肯定して受け入れたことがあるか、と考えたらおのずと答えは見えてくるはずなんですよね。しかし頑なな心はそこに思い当たらない。

結局のところ自分を孤独から救い出せるのは自分しかいない、ということになるのですが、他者からの拒絶にしか原因を見いだせていないうちは誰からも受け入れてもらえない、という負のスパイラルにはまってしまいます。他者にしか原因を見いだせないのは自分に自信がないからなんでしょうけど。自分をしっかり自分で受け止められていたらもっと違った道も開けたろうになあ…と思わざるを得ません。

現実にもこういうことはままあることで「誰にもわかってもらえない」と思ってる人は、大体こんな感じなんだろうなと。そして自分を受け入れ、さしのべられた手を信じる。それしか孤独から逃れる術はないのだろうなと。他者は手をさしのべることはできても、孤独な者の心を救う力はもってないのだから。孤独は自らが作り出すものなのです。