仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子供の能力、親の能力

今日、とある会合があるので定刻通りに向かったら誰もいない…。あれ?と思ってよく確認したら、最初は金曜日に開催予定だったんだけど、後から理事の都合で木曜日に変更になったことに気づきました。やらかした…。マジで気がつかなかったよすみませんと涙目のさっこさんですこんにちは。予定変更の電話を受けたときに手帳に書き込めばよかったのに、家事で手が離せないから後から書こうと台所に貼ってあるカレンダーに書きとめたのが敗因でした。これからは面倒でも直接手帳に書くようにしよう…。

さて、そんな大ポカをやらかした私なのであんまり偉そうなことは言えないのですが、こちらのエントリーを読んで思ったことを書こうかと思います。

ほう太パパさんはこう書いてます。

ただですね、これってあらためて書くまでもないことなんですけど、息子はiPhoneでなんの制約もなく自由に遊びたいわけです。だから、見えてるアプリだけっていうのも納得できないし、ましてや貸してもらえないなんてたえられるはずもない。

子どもへのその話し方、詰んでませんか? - ほう太パパの七転び八起き

「たえられるはずもない」というのに貸してしまうことに問題があるのではと思うのですよ。鼻先にニンジンぶら下げといて食べるなって酷な話です。たえられないとわかってるのなら最初から貸さないという選択肢もあるはず。そこらへんを「約束」という言葉で子供の責任に転嫁してしまうのはどうかなと思うのですよ。

私自身もこれで長男のときは随分要らないことでイライラしたり悩む羽目になりました。要は長男の能力を必要以上に高く見積もってたんですよね。そのため、長男は私の要求に応えられず、イライラが増大してたわけです。とことん自分が長男と付きあう気がないのであれば、あの時期の長男にやらせるんじゃなかったなあと思うことはたくさんありました。

これが四男になると「まだ小さいんだから」とあまり過分な要求をしなくなったので非常に楽でした。やりたがることに付きあうにしても、お兄ちゃん達が四男に付きあってくれたので私の負担が随分軽減したのもあって気楽に四男と向き合うことができました。

よく「下の子のほうが育てやすい」と言いますが、それは親が子供の能力と自分の親としての能力をある程度把握できるようになるからだと思うのですよ。他人と比較して「自分もできるはず」とつっぱしると大体結果は悲惨なことになります。子供の能力が千差万別なように、親の能力も個人差がある。キャパを超えてしまえば当然どこかでひずみができてしまうので子供とゆったり向き合う余裕がなくなって叱る頻度が増えてしまいます。

子育てって他人のやり方や育児書だけを参考にしては詰んでしまうんですよね。子供をしっかり観察し、子供や自分のできることとできないことをしっかり見極める。他人からのアドバイスや育児書は知識として参考にはなりますが、知識だけでは子供は育てられないのです。

夫は甥や姪の面倒を見ることによって、そこら辺ある程度把握できてたから余裕を持って息子達と接することができたんでしょうね。親になる前にベビーシッターなどで一日中子供とすごす経験ができるのであれば、男女問わず経験しとくにこしたことはないです。子供への愛情や知識だけで乗り越えられる問題じゃないと思うので。