仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

高齢出産と老い

小学校と中学校は土曜日が登校日だったため、三男と四男は本日おやすみ。というわけで長男の弁当作ってお昼ご飯も作って…と余計手間がかかるじゃん!と思ってしまったさっこさんですこんにちは。子供が全員別々の学校に通ってると行事がね…一度に済まないのが難点なのよ…。さあ、明日は小学校の遠足だからお弁当を二人分作らないと。あー!遠足のおやつ買うの忘れてる!また買いに行かなきゃ…。

さて、まだ四男という小学生がいる我が家ですが、私はもう49歳。私の祖父母世代が私と同じ年頃だったときには小学生の孫が何人かいてもおかしくない年齢です。つまり老境に入ったと言ってもいい年齢なんですね。

いくら寿命が昔より伸びたとは言え、体の衰えは等しくやってきます。むしろ今より医療が発達してない頃を生きのび、さらに幼い頃から家業等を手伝って鍛えられていた祖父母世代と比較すると、とても丈夫とは言えない体です。そんなわけであちこちガタがきてるのを実感する日々。そうなってくると「後何年生きられるんだろう」と考えることが多くなってきました。

そんな状態での子育てというのは結構きついものです。夫は私より年上で5年後には60歳です。自営ですから体が動く限り働き続けられますが、果たしていつまで元気に働けるか。金が有り余ってるなら財力でカバーできるでしょうけど、そう余裕があるわけじゃありません。

そうなってくると問題になるのは私達夫婦に「もしも」のときがあった場合、息子達がどうなるかということです。もちろん若い夫婦でも「もしも」のときはいつどんな形でやってくるかわからないわけですが、私ぐらいの年齢になると切実なものになります。高齢出産するというのは、自分の寿命を考えることでもあるのです。

私にでも夫にでも「もしも」のときがやってきた場合、息子達はどうなるか。40歳で出産したのは夫の強い願いもありましたが、それだけじゃない。息子達に助力してくれると確信できる人達がいたからです。そうでなければ夫の願いだけでそうそう産めるものじゃありません。せめて成人するまでは息子達が安心できるような環境を確保したいじゃないですか。その安心できる環境を脅かす要因が自分にあるなら、子を産むことが親のエゴだと言うのなら、次善の策ぐらいは考えたい。

そんな昔の思い出を、こちらのエントリーを読んで思いだしたさっこさんでした。