仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

誰もが自分の気持ち中心で動いてる

昨日、久々に肩が凝ったんだけど何故?と考えて寒くなってきたからだと思い当たりました。夏はほぼ肩凝りと無縁なんだよね…。これだから寒いのは嫌だと思うさっこさんですこんにちは。雪国に住める気がしないよ。

しかし寒いのもいいことがあります。暑いときよりも寒いときのほうが食欲が出るのです。冬場にせっせと太って来たるべき夏に備えないと…。まるで冬眠するクマみたいですが私にしてみたらかなり切実な問題なのですよ。

そんなだから久々に会う人に「さっこさんやせた?」と言われるとかなり凹みます。何故だか知らないけど、世の中では「太った?」はタブー扱いなのに「やせた?」は気軽に言う人が多いんですよね。しかしですよ、私みたいに昔っからやせ体質でひょろひょろガリガリ体型気にしてる人間に「やせた?」と言うのはダメージでかいってのがわかんないんですかねぇ。

極めつけによく言われるのが「私のお肉分けてあげたい」ですよ。できもしないことを一々言うなよ!なんなら今から包丁でお前の腹の肉えぐり取ってやろうか?と何度も言われるとイラッとしてしまいます。本人は本気で言ってるのかもしれないけど、本気ならなんでも言っていいってわけでもなかろう、なんて思ってしまう。

でも仕方ないんですよね。誰もが自分の経験したことしか頭になくて、自分の経験に基づいて考え、行動してるんです。姑や夫の愚痴を吐く人は、祖母と母、もしくは両親の言い争いを見て育った人にダメージを与える事なんて考えもしないでしょう。それに考えてたら何も言えなくなってしまう。だから言うな、なんて言えない。となると自分にダメージを与える人とできる限り距離を置くか、慣れるしかありません。

もう私もいい加減年取ったのでリアルではだいぶ慣れましたけど、さすがにネットではそういう情報をできる限りシャットダウンしないと精神的に持たないと判断しました。たとえばTwitterでダメージ与えることばかりツイートする人はそっとフォローはずしたりブロックするようになりました。ネットはただの息抜きに利用してるのにダメージ受けまくってたら話にならない。

でも私の言動もきっと誰かにダメージを与えてることでしょう。いや、与えてます。以前、外出先での授乳の話を書いたら「人前で授乳されるのは不快」というコメントをいただきました。明らかにダメージを与えているわけです。だからと言ってあの当時授乳しないわけにはいかなかったわけで、私としては「不快な思いをさせてすみません」と謝るより他はないのです。

「みんなちがって、みんないい」と言いますが、違いを受け入れるには相当な心の広さがないと無理だし、そこまで他人に期待するのは酷というものです。だからこれからも何度でも謝ることはあると思います。それが私なりの違いを受け入れる、ということです。