仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

結婚に魅力はないが安らぎはある

今朝はこの秋初めて窓に結露ができました。道理で寒いわけだ。しかし今はちょうどすごしやすい…というか外で動いたら汗ばむ程度の暖かさ。まあこれぐらいがいいんだけど、寒いからと子供に上着を着せると、学校で脱いで忘れて返ってくることがあるので悩ましいんだよなと思うさっこさんですこんにちは。私服の学校だと忘れても別の上着を着せたらいいんだけど、制服だとそうはいかなくて学校へ取りに戻ったことが何度かあるのです。だから朝寒くてもなかなか上着を着せる踏ん切りがつかないんだよね。

さて、今朝こんな記事を読んでTwitterに流したんですが。

これを読んだ方がこんなツイートをしてました。

私も結婚自体にはなんの魅力も感じてません。というか、結婚そのものに魅力を感じないと結婚できないものなの?と目から鱗状態。若い人が結婚に魅力だけを追い求めてるとしたら、そりゃあ結婚なんてしないはずです。結婚には責任と義務がついて回りますからね。むしろ負担が増えるだけであり、恋人のままでいるほうが楽に決まってます。まだ心身とも元気で自分を自分で支えられる年頃だし。どうしてもどうしても子供が欲しい、という人の場合は現状では結婚したほうがメリットがあるでしょうけど。

じゃあ何のために結婚するのか、というところですが。私の場合は生活基盤を整えられるところかなあと。生活基盤といっても金銭面の話ではなく、精神面の話です。ちょっと前にこんなエントリーを読みましたが。

最後にこんな一文があるんですが、これが私にとって結婚生活の全てです。

高めあうのは、外で十分。 ひとは疲れる。疲れたとき、どこに帰るのか。

高めあえる恋愛を捨てて、彼女が帰ってきたところとは - 人生かっぽ — 佐藤大地のブログ

心が、体が帰る場所、休める場所。それが家庭であり、そんな家庭を築くために結婚したようなものです。家庭に魅力なんてありませんが、安らげる日常はあります。そんな安らぎの場所を維持するために努力するのが結婚生活というものです。逆に言うと安らげない家庭なんて存在意義がありません。昔の私は家庭に安らぎなんてないと思っていた。だから結婚する必要性など感じなかった。家庭に安らぎがないなら、他人と一緒に暮らすことにデメリットしか見いだせなかったですからね。子供が欲しいという願望も皆無だったし。

今でも夫とは他人だと思ってるし、子供達に対してもそういうスタンスで付きあってます。しかし他人同士でも居心地のいい空間を維持するために助けあうことができる。そして生身の人間とすぐ語り合うことができる。なかなか良いものです。だからといって他人に結婚を勧めたりはできませんけどね。努力してまで家庭を維持するのが面倒だという気持ちもわかるからです。走り続けられる人にとっては必要ないものですしね。私はひとりで走り続けることができなかった、それだけの話なのです。