仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

強く、より強くあれ

二学期制の次男の夏休みは今日で終わり。明日から二学期が始まりまた平日は自宅にいない日々が戻ってきます。最初のうちは1年間だけ寮で生活して2年生になったら通学すると言っていたのですが「やっぱり2年生になっても寮にいたい」と言い出すようになりました。通学で勉強時間が削られると授業についていけるかどうか不安らしい。私としても寮でいてくれたほうが事故の心配がなくて安心は安心なんですが。通学となるとバイク通学になるので不安なんですよね。

でも現在寮の空きが少ないので、来年度も入寮を許可してもらえるかどうかはわからないんですよね。1年生の入寮希望者が優先になるので。果たしてどうなることかと気を揉むさっこさんですこんにちは。バイク通学させるぐらいだったら長男が送って行って私が迎えに行くという手もあるな。長男が志望通りに就職できたら、次男の学校からそんなに離れてないところに通勤することになるので。

さて、今日は優しさ、というものについて考えてみました。優しさってなんだろう。自分より弱い者に対して優しくすることは簡単です。しかしそれは本当の優しさなんだろうかと。自分の優位性を確認して優越感に浸れるだけの話なんじゃないかなあと思ったりします。それは優しさなんかじゃなく、ただの自己満足ですよね。

では本当の優しさとはなんだろうという話なんですが。私自身はどんな人でも受け入れられる寛容さじゃないかなと思ってます。しかしそのためには自己肯定感がしっかり根付いてないと難しい。自分を認められない人がどうして他者を受け入れることができるでしょう。無理に他者を受け入れようとしても不満が溜まったり自分を傷つけてしまいかねないんじゃないかと。

だから息子達には大切な存在なんだよ、というのを色々な形で発信し続けたい。親である私や夫だけでなく、息子達をとりまく大人達皆が気にかけているというのを感じ取れるようにしてやりたい。そのことによって息子達が自分自身を大切にできるようになると思うのです。

とは言え、私自身の中でなかなか自己肯定感というものが育たない。自分に自信がないし、常に気持ちがぐらぐら揺れています。こんなんじゃやっぱり私は親としての資質に欠けるのでは、私が親であることが息子達の不幸なのでは…とさらに自信を失う負のスパイラル。それでも周囲の協力も得てなんとかここまでやってきました。ぐらぐらと頼りない私を支え続けてくれた人達にはとても感謝してます。そのお陰で息子達も育ってくれたのだから。

本当に息子達の中に優しさの芽が育ったのか、それはまだわかりません。今は大人の庇護の元にいますからね。独り立ちしてからその答えが出ることでしょう。どうか自分を信じられる、そして周囲を信じられる強さを持って欲しい。強く、より強く。その強さが優しさを育てるのだから。自分の弱さを棚に上げておいてとても勝手な話ではありますが、親としてそんなふうに念じてます。