仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

そうじゃないんだよ…と思ったお話

今日は朝から雨で肌寒いぐらいです。このまま涼しくなって欲しいなあと思うさっこさんですこんにちは。夏バテのせいか、なかなか体重が増えないのです。食欲がた落ちだしお腹よく壊すし。BMIが16切りそうで怖い…。久しぶりに会う人に「さっこさんやせた?」と枕詞みたいに言われるの、いい加減つらいです…。

さて、私のエントリーへのアンサー的なこのエントリーを読んで、遠い昔の話を思い出してしまったので書いてみようと思います。

親になるのに覚悟は必要か - 今日の良かったこと

あれは私が小5のとき。その日、友達と二人で下校していました。その道すがら、何故か結婚の話になって「何歳までに結婚したい?」と尋ねられました。私は「結婚しない」とぶっきらぼうに答えました。「え~?大丈夫だよきっと結婚してくれる人がいるよ?」と言われましたが「絶対に結婚しない」と強く言い返してしまいました。

当時、私は男子から「ブス」「メガネザル(メガネをかけていて小柄でやせっぽっちだったからだと思われる)」とからかわれることが多く、そんな風に言われてるから結婚できないと思ってるんだろうと友達は推測して励ましてくれたんだと思います。しかし私が「結婚しない」と答えた理由は全く別のところにありました。

私の両親の仲はお世辞にもいいとは言えず、また父方の祖父母とも折り合いが悪くて、実母はいつもいつも愚痴ばかりこぼしてました。それこそ耳にたこができるぐらい。それだけならまだ許容できたかもしれませんが、何かと私の行動を制限しようとしました。友達が遊びにきたのに居留守を使って追い返す、なんてこともされました。あまり人と関わるのも避ける人で、学校の行事もほとんど顔を出しませんでした。個人懇談もドタキャンすることが多くて、私だけで学校へ行ったこともあります。先生に「母は体調を崩してるのでこられません」と言い訳したことが何度あったことか。

幼い頃の私は「結婚したらこんな生きながらに腐ったような人生を送らないといけないのか」と思うようになりました。しかし友達の家にお邪魔する機会が何度かあるうちに、我が家のほうが特殊なんだ…と気づき始めました。そうか、実母が異常なだけなんだなと。

実母はあまり親の愛情を感じずに育ったがゆえに、人に心を開けなくなったんだろうと思います。そこら辺の事情は祖母の話というエントリーでちらっと書きましたが。親を知らずに育った祖母は、子供の気持ちに応える術を、人との関わり方を学べなかったのかもしれません。その結果、実母も同じような道を歩むことになったんでしょう。ならば私も…きっと同じ。

そんな思いがあってこその「結婚しない」でした。私は結婚しちゃいけない人間なんだ。家庭を持ったらきっと周囲を不幸にしてしまうから絶対結婚なんてしない。固く固く決意してました。その決意は夫に出会うまで変わることはなかったのですが。しかし友達が無邪気に励ましてきたので、泣きたくなりました。あれは憎悪に近い絶望。わかりやすく言えば、貧乏で買ってもらえないものがある子がお金持ちの子に「親に言って買ってもらえば?」と言われたようなものです。それは純粋なアドバイスで悪気がないのはわかってますが、悪気がないからと言って受け流せるほど私はできた人間じゃありませんでした。

あの、遠い日の記憶が、すっかり忘れ去ってた気持ちが、再び顔を出すことになろうとは思ってもみませんでした。「案ずるより産むが易し」と言える人への羨望とそう言い切れない絶望と。私はまだ吹っ切れてなかったんだなあと再確認する羽目になりました。本当に周囲を不幸の渦に巻き込んでないと言い切れるのだろうか?と、ずっと心の奥底で思ってたんだなあと。日々の営みの慌ただしさにまぎれて考えることがなかっただけなんだなと。まあ「案ずるより産むが易し」というのは一般的には正しいことなんだろうなとは思ってます。自分を本当の意味で受け入れられない自分が悪いだけです。ああ、なんてめんどくさいやつなんだろう私。