仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

人権の基準ってなんだろう

三連休、皆さんいかがお過ごしでしょうか?我が家は昨日、夫と息子達でグリーンカーテン作りをしておりました。夫が育てておいた朝顔を植え直してネットに絡ませたのでございます。あっという間につるは伸びるでしょうなあ。エコな涼を今年も堪能しようと思います。

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さて、今日の話題は人権です。考える発端となった記事はこちら。

「誘拐」された女性が、結婚を受け入れる本当の理由 :日本経済新聞

この記事を読んで私が思いだしたのはダーコーヴァ年代記でした。以下にちょっと長い引用をしてみます。

数百年前までは、いまおこなわれているような形の結婚は存在していなかったのよ。ひとりの女性がおなじ男性の子どもを何人も産むのは、いけないことと考えられていたのよ。

遺伝子プールっていう言葉に思いあたることはないかしら?わたしたちの歴史には、とても貴重な遺伝性能力のいくつかが失われてしまいかけた時代があったの。それで、子どもをつくるときは、可能なかぎり多くの遺伝子の組みあわせを考えるほうがいいとされたのよ。重要な遺伝子を不慮の損失から守るために。ひとりの男性の子どもだけを産むのは利己主義と見なされるようになったの。だから、現在あるような形の結婚は、そのむかしにはなかったわけ。

わたしたちは、ドライ・タウン人みたいに妻にめかけの世話をさせるようなことはしてないけど、妻以外にも相手をしてくれる女性がいつでも必要なのよ。妻が妊娠しておなかが大きくなったときや、疲れているときや、病気になってしまったときに、地球人はどうしてるの?夫を慰めることができなくなったことで、妻を責めるのかしら?

ダーコーヴァ年代記 禁断の塔

禁断の塔〈上〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)

禁断の塔〈上〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)

禁断の塔〈下〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)

禁断の塔〈下〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)

私自身は紹介されてるキルギスの風習を受け入れられないしとんでもない話だと思ってます。しかし自分の受け入れてるものは果たして本当に人間の社会的権利を満たしているものなのか。

妊娠中も普通にセックスをしてた私ですが、ひょっとしたら妊娠中のセックスは女性の心身を痛めつけるとんでもない暴力と思ってる社会もあるかもしれないし、既婚者がパートナー以外の人と肉体関係を持つことを制限するのは恋愛の自由を阻害するとんでもないもの、もっと言えば婚姻制度自体が暴力だと思ってる社会もあるかもしれない。その土地、その時代に根付いた価値観や風習からなる社会的権利についての考え方が未来永劫正しいものだとは限らないわけです。

多くの人が今の価値観や風習を受け入れられなくなったとき、社会的権利に対する考え方も緩やかに変わっていくのでしょう。頭ごなしに「間違っている」と言えるほど、普遍だと言える人権意識が自分に根付いてるとは思えないのです。いや、本当にそんなものがあるのかどうかも怪しい。

ただ、受け入れられない人を救済できる選択肢を作る。それは必要だと思います。そのためにも当事者の話を聞くというのは大事なんでしょうね。何を求め、どんな生活を望んでいるのか。そしてどこまで社会に受け入れられるようにできるのか。きっと遠い未来から眺めると今の社会は理解しがたい、受け入れがたい社会なんだろうけど、少なくとも多くの人が満足できる暮らしを目指していたんだよと言えるような社会にできらいいなあと思います。