仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子供の親への愛は無限じゃない

先日、夫の高校時代からの友人が事故で亡くなりました。夫は別の友人から知らせを受け取ったとき、友人の父親が亡くなったと思ったらしい。順番から言えばそうだよね…。人間、いつ人生が終わるかわからないのだと、あらためて思うさっこさんですこんにちは。夫と違って早くに結婚されたので、お子さんは成人済みでお孫さんもおられるのですが、55歳ですからまだバリバリ現役な年齢。言葉もありません。2年前、目の手術後の検査を病院で済ませて帰ろうとしていたとき、たまたま知人の見舞いにこられてた彼とばったり出くわして言葉を交わしたのが私が彼を目にした最期となってしまいました。

そんな彼はまだ親になりたての頃は、共働きにもかかわらず奥さんに子育て丸投げで結構やりたい放題やっていたようです。私が結婚した当時お子さんは小学校高学年ぐらいだったのですが、その頃はお子さんと一緒に釣りに出かけたりしてとても仲が良さそうなマイホームパパに見えたので「へーそうなんだ」と彼自身の暴露話を聞いていたものです。親としての自覚が芽生えるまでにどれだけ時間がかかるかは、本当に人それぞれなんでしょうね。最終的に子供が親として認めてくれたらそれでいいのかな。

ただ、親として認めてもらうにはどうしたらいいのか。子供は無条件に親を愛してくれる、信頼してくれると親は思いがちですが、子供だって人間ですからそんな神や仏みたいに慈悲深い存在じゃありません。先日ブクマしたエントリーに「お母さんと呼ばれて」というコラムが掲載されてたんですが、こんなことが書かれてました。

虐待をする母でさえ,子どもは無条件に愛するのだ。子どもは,ただひたすらに,まっすぐお母さんに愛を注ぐ。そして,そのエネルギーが枯渇することはない。

父になるということ,母になるということ - いつか朝日が昇るまで

決してそんなことはありません。虐待されようが子供が頼れるのは基本的に親しかいませんから、親に見放されそうになったと感じると必死で親にすがりつくものです。下の子が生まれたら赤ちゃん返りをする子がいるのも、親の関心が自分から離れたように感じるからでしょう。自分自身にも覚えのあることです。幼い子は庇護者を求めていて、庇護者たる親の喜んでくれることをする。それは愛とは言えないでしょう。愛があるとしたら、一緒に過ごす間にお互いの中に育まれるものであって、一方的に与える、与えられる愛なんてないと私は思ってます。

親は子供の愛とやらを過信してはいけないし、それに甘えてもいけない。しっかり子供と向き合って親子関係が上手くいくように模索し、いつか自分の手を離れても関係が持続するように努力しなくてはならない。そう思ってます。