仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

余裕と自信のない親達

昨夜、夫が四男と話ながら笑ってるのでどうしたのかと思ったら、四男が「○○ちゃんは俺を好きだけど、俺は好きじゃない」と言ったらしい。まー、贅沢なこと言うじゃないと思ってたら「俺が好きなのは△△ちゃんだけどふられた」と言うじゃありませんか。その子、次男の元同級生なんだけど…。7歳差だよ、7歳差。9歳で7歳年上の女子を好きになるって…。ってか、いつ告ってたんだよ。母ちゃん初耳だぞ。で、夫と私が口をあんぐり開けて四男を見つめていたら、四男のやつ不機嫌そうに「なによ、年上を好きになっちゃ駄目なの?」とのたまいました。

ひょっとして俺、とんでもない大物を育ててるんじゃないかと思ってしまったさっこさんですこんにちは。ま、まあお前は甘えん坊で女子によしよししてもらうのが好きだし、よろしくやっていけるのは年上の女子だとは思ってたけど…まさかそこまで年上好みだったとは。育児って奥が深いですな(なんか違う)

とまあ、母親になってもうすぐ丸18年になろうとしてる現在でも新たな発見があるものですが、母親になったばかりの頃は毎日が新しい発見ばかりでした。子供を産むまでほとんど子供と接したことがなかったので、妊娠中にある程度育児本を読んだりして知識は得ていましたが、実際の育児とは乖離してることもあるわけで、戸惑いの連続でした。そして思うに任せない子育てにイライラや不安が募ってるところに外野から横やりが入ると心に溜まってたものが思い通りにならない子供に向かうことが…最低ですね。

しかしそれが最低限で済んでいたのは夫のおかげです。夫は高校生で叔父になってから4人の甥や姪の面倒をマメに見てきた人です。義姉達は子供を実家に預けて働いていたのですが、自営業で何かと忙しい両親の代わりに夫が甥や姪の面倒を見ることが多かったのです。お世話だけでなく、ひとりで遊びに連れて行くこともよくあったそうです。甥や姪から言わせると「ひどい目に遭わされた」らしいですが、それ、うちの息子達もよく言ってるから…大体想像できるw

そんな感じで、子育てにおいて子供に触れるのが初めての私とは比較にならない圧倒的経験値を持っている夫でしたが、決して私に「ああ、そんなやり方じゃ駄目」などとダメ出しすることはありませんでした。手を貸しても否定はしない。そんなところです。私が同じ立場だったらハラハラしてつい口出ししてしまいそうですが、よほど忍耐強いのかそういうことはなかった。息子達が幼い頃、夫は私にとって命綱のような存在でした。

そんなこんなでかなり夫におんぶに抱っこでここまできた経験があるので、子育てに関して夫にダメ出ししてる妻を見るとなんか…自分が責められてるようで肩身狭いです。そうでなくても経験値が低くて自信がないところに「あー何やらせても駄目」なんて言われる夫の気持ちを考えるといたたまれなくなります。もし夫がそんなタイプだったら「私なんかいないほうが息子にとってはいいのではないか」と思うぐらい追い詰められていたかもしれない。

ただ、私のように親になるまでロクに子供に触れたことがない者同士が親になった場合、どちらにも余裕がないのはわかります。妻も夫も、子育ての経験値なんてドングリの背比べぐらいあまり差がないわけで、申し訳程度に夫より経験値のある妻が夫をリードするのは困難でしょう。産んだ瞬間から母親としての知識と振る舞いが身につくのならありがたいのですが、そんなに都合良いことにはならない。現実はちょっとだけ先に入社した新人が新人教育するようなものです。しかしその微々たる差にすがらなければ、よりどころがないのも確かなのです。

こういう子育ての経験値がない者同士が親になった場合の支援制度が充実してくれたら…と思うのです。昔ながらの三世代同居やご近所と助け合う、というのは都市部では困難でしょうし、何かしら代わりになるものが必要なのではないかと。ほんのちょっと前の都市部では、その役割を助産師さんがある程度担ってました。実母は里帰りせずに私を産みましたが、産後1ヶ月は助産師さんが毎日自宅訪問して赤ちゃんや母親の世話をしてくれたり、相談に乗ってくれたりしたらしい。こういう形が制度化されたら、子育てに対する漠然とした不安も解消されるんじゃないかなと思うのです。

少子化解消が叫ばれる昨今ですが、とかく今の大人は私も含めて子供を知らなさすぎる。そこを解決しないことには、いくら生活面の不安が解消されたとしても、子供を持つことに不安を覚える人は少なくないのでは…と考えてます。できれば何らかの形で子育てのノウハウを次世代に伝えていけたらいいのですが。息子達、特に長男と次男は子供との接し方という面ではかなり鍛えられているのですが、三男と四男にはどのように教えていけばいいのか思案する今日この頃です。たとえ将来息子達が子供を持たない選択をしたとしても、持っていて損はない経験と知識であることだけは確かですから。